農学的に見るとはどういうことか. ~農学研究者の卵による雑感~

 学の歴史は古く,既に紀元前の周代のころには古代中国においても「三皇」の一人として農業土木技術により民を救い,国を拓いた「禹」という人物が伝説として語り継がれてきました.春秋戦国時代には鄭国という名の水工が歴史の表舞台に登場しました.

また,我が国でも江戸時代には数々の篤農家が収穫量の向上を目指して日々の実践と喧々諤々の議論を展開するとともに,各地の地方巧者と呼ばれる農政家が,飢饉の回避に向けて数々の提言を行うなど,その例は枚挙に暇がありません.こうして、ヒトはヒトの命を守り続けてきました.

狭義には近代農学を指して農学と呼称する向きもありますが,このように農学とは,つねに農に接する者が繋いできた知であると私は思います.

そんな農学に,社会はその時々の文脈で要求を突きつけてきました.

先ほどの江戸時代には,徳川吉宗に命じられた大岡越前守が,田中休愚という地方巧者に命じて富士山噴火の際に発生した水害と飢饉の収拾を求めました.

一方,最近では「高付加価値」「ICT化」「効率化」「省力・低コスト化」「環境保全」などが流行のようです.

それに応えることは,確かに農学のできることであり,すべきことであるとは思います.ですが,もう一つ農学研究者の卵として,常々問いたいことがあります.

 

社会は,なぜそれを求めるのか.

 

多面的機能直接支払いの科学的根拠のためか.

国土保全機能の金額換算のためか.

大規模化・大区画化のためか.

高付加価値化のためか.

外交戦略のためか.

そしてそれはなぜか,といった問いです.

 

現代農学を構成する基礎的知見の多くは,理学や工学分野の産物です.

農学という分野は,それら外部の基礎知見を農学的見地から応用したり、掘り下げて探求してゆく分野です.

遺伝学の知見を用いて品種改良に役立てたり,解析力学の知見を応用してため池の保全に役立てたり、といった具合です.

では農学的見地とはいかなるものでしょうか.

それを紐解くため,ヒトと作物の歴史を遡ってみます.

 

物と呼ばれる植物種とヒトは,数千年前から互いに少しずつ姿を変えながら,求め合って生きてきたようです.

一例として,ツルマメ(学名:Glycine soja)とヒトは,およそ5000年前[1]に出会い,次第に関係を深めていったといわれています.その子孫は今では「ダイズ」として我々にとってかけがえのない存在となっています.ヒトがツルマメを利用するようになり,ツルマメは数千年の時間をかけながら徐々にその姿を変えてゆきました.種子の大きさが数倍,やがては数十倍にもなってゆきました.

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写真1:ツルマメ(左)とダイズ(右)(筆者撮影)

写真1はツルマメとダイズの写真になります.近縁なだけあって,花は特によく似ていますね.そして違うところ,つまりは種子のサイズや草型,収量性こそが,ヒトとツルマメの関わりの証として後世に引き継がれた形質なのです.

 

ところで,当然のことですがツルマメやダイズは一年でその慎ましい一生を終えますし,ヒトは長くとも100年程度で世を去ってゆきます. ダイズも,ヒトも,有性生殖,つまりは交わることにより子へとその血を引き継いでゆき,その結果,我々とダイズはいつも初対面で,それでいて旧知の間柄という不思議な関係を紡いでゆきます.

 

 球の誕生,植物の誕生,動物の誕生そして人類や作物の誕生.そのそれぞれの短き命の間にヒトも,彼らも交わり,ここまで命を繋いできたのです.

そしてわずかな時間が過ぎれば,私も,今目の前に整然と並ぶエンレイやタチナガハ(それぞれダイズの品種名)たちの後を追うようにここを去ってゆきましょう.

その引き継がれてきたそれぞれの血を,次代へ引き継ぎたいと思ったヒトがいました.その思いを叶えるために,考え,観察し,行動したヒトの歴史に立つことが,農学的見地であると私は思います.

業技術は,様々な方々による研究の結果,日々進歩してゆきます.研究成果のうちいくつかは,ニュースなどによって皆様に届くことと思います.

新技術に関するお話を聞いたとき,長い歴史の流れの中で「それは何のためか」と問うてみて,その技術の真贋を見極めて頂く方が増えれば,少なくとも農学が人を滅ぼす可能性は減ってゆくのではないかと、そう思い、願っています。

 

[1] 工藤雄一郎・国立歴史民族博物館 編 (2014) : ここまでわかった!縄文人の植物利用.

友部遼

友部遼【農業,テクノロジー】

投稿者の過去記事

農業や農学の将来に関して,多少学問をしてきました.
次世代の食料生産・水資源利用に関して,主に研究開発の視点から皆様と議論をさせていただければと思います.
よろしくお願い致します.

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