シリーズ-2017衆院選後の未来- 争点①東日本震災復興

 

先に行われた2017衆議院議員選挙。選挙で一時的に注目された争点が、選挙の結果からどうなっていくことが決まり、実際にどうなっていっているのか。
選挙時は頭をひねって関心を持っても、その後を知る人は、意外と少ないのではないでしょうか。
今回、SeiZeeはalleyとしてこの2ヶ月間、選挙で争点になったこと、そして大事なのに語られなかった争点も含め、約10の争点の「選挙後の未来」と「現場の声」を可視化します。
選挙で注目された争点には、どのような議論があり、選挙でどういう決定が下されたことになり、今後どう進んでいくのか、を解説記事と現場のインタビュー記事からお届けするこの企画、「シリーズ-2017衆院選後の未来-」。初回となる今回は、争点①東日本震災復興をお届けします。セットとなる現場インタビューでは、岩手・宮城・福島の3県に実際に行った今の東北をレポート。お楽しみに!

 

ー背景

 

東日本大震災の被害状況

平成23年3月11日14時46分三陸沖でマグニチュード9.0の東日本大震災が発生。その後も、余震が各地で6月ごろまで続いた。主に、宮城、福島、栃木、茨木、岩手、群馬、千葉、埼玉の8県に被害は及んだ。震度分布図を見てもわかるように、広範な地域にまで被害が及んだことが特徴としてあげられる。
死者は平成29年9月1日時点で19575人に上り、行方不明者は2575人に上った。また、人的被害だけに限らず、住宅被害も多く、12万棟以上が全壊となった。

 

ー争点①復興支援とは? 

※以下復興庁調べ。メディアによって数は異なる。

ここでの復興支援は、行政が行っている復興支援、主に復興庁の取り組みを挙げる。

復興庁とは、東日本大震災の復興支援を目的として期間を定めて設置された日本の行政機関であり、2011年12月に成立した復興庁成立法のもとで、その目的や組織形態などが規定された。内閣の下に置かれ、震災発生から10年となる2021年3月31日までに廃止されることとなっている。

復興庁のとりくみとしては、大きくわけて以下の4つにわけられる。
一つは、被災者の精神的サポートや住居のサポートを含む被災者支援。二つ目は、住宅の再建やインフラ復旧などの生活再建。三つめは産業の再建で、最後の四つ目は福島の復興である。

以下にその現状をお伝えする。

 

(1)被災者支援


(数字は復興庁調べ)

復興庁の取り組みより、避難者は47万人から8万人にまで減少した。そのうち、プレハブの入居者は2万人いる。(復興庁調べ) また、心の復興、生活基盤の確保の為、多くの生活相談員が送られ、介護サポート拠点が作られている現状がある。

一方で、2017年1月末のyahoo調べでは、岩手・宮城・福島の3県で依然として3万5503人が未だ仮説住宅で暮らしているとされている。阪神淡路大震災では5年で仮設住宅の利用者がなくなったと言われているが、東日本大震災では6年たった今もこの現状だ。

また、住人の高齢化も問題視されており、同じくyahoo調べでは、65歳以上の高齢者が占める割合は、岩手が30.9%、宮城30%、福島42.9%となっている。岩手は県全体の高齢化率とほぼ同じだが、宮城は約4ポイント、福島は約14ポイントも高い数字だ。自宅再建意欲を失い、生活基盤を作れていない高齢者に今後どう対応していくかがカギとなる。

 

 

(2)生活再建

(数字は復興庁調べ)

次が生活再建に向けての取り組みだ。復興庁によると、自宅再建に関しては、自主再建(14万件が再建中or再建済み)・高台移転(19000戸予定。30年3月末時点までに17000戸)・災害公営住宅(3万戸。30年3月時点までに29000戸)となっており、ほとんどの住宅再建は来年の3月末でほぼ完了する見込みとなっている。

一方で、この自宅再建にも大きな問題がある。東日本大震災後、岩手、宮城、福島で供給された戸建て住宅は5万843戸であり、その内訳は、自力再建分が3万1769戸で62%。新たに宅地造成し集団移転する公的制度を利用したのは1万9074戸であった。
この数字は、復興庁が2012年12月の時点で想定していた、公的制度の集団移転、2万8060戸を下回る数字である。実際の制度利用は、その7割弱にとどまっているということだ。自力再建が6割で多数派となり、公的制度の利用が進まなかった理由は、高台移転などで宅地造成が進まず、待ちきれず住み慣れた土地を離れた人が増えているためだと言われている。

また、住宅を自力再建した人達の住んでいる場所の分布にも注意が必要で、岩手県沿岸部の人口減少が激しく、生活環境の整った仙台市とその近郊の人口が増えているという事実がある。

その他にも、学校病院施設の復旧やがれきの処理、インフラの復旧も行っており、インフラの復旧については、今後避難から帰って来られら方や東北に移り住んできた方が生活基盤を作るために欠かせないものとなっている。

 

 

(3)産業

(数字は復興庁調べ)

三つめは産業への取り組みだ。復興庁の出している数字によると、8割を超える農業、水産業が再出発に向かっているともとれる。その他にも、観光業や風評被害対策、企業立地対策なども行っている。

とはいえ、営業を再開しても、世間の風当たりは厳いのが現実だ。震災発生から6年を経過した今も、日本の食料品に対する厳しい視線を変えていない国や地域は多く、特に中国など近隣国では野菜や果物の輸入停止を続けている。農林水産省によると震災直後54の国や知己が日本の農水産物の輸入を制限し、今は33か国に減っているものの、いまだ輸入を制限している国があるのも事実だ。

また、東日本大震災を機に設けられた、「個人版私的整理ガイドライン(指針)」というものがある。これは、被災の結果、二重ローンを抱えることになった人を対象にするもので、指針に沿って返済計画を作成すれば、破産などの法的手続きを経ずに金融機関から住宅ローンなどの減免を受けることができる。この制度は昨年4月の熊本地震でも安全網として機能し、台風なども含めた大規模自然災害の被災者も対象としている。これまでの利用件数は1300件を超えており、企業を対象にした別の制度では、700社以上を救済している。

また、人不足の観点で言うと、人はやはり足りていないのが現状だ。今年の2月1日時点で、yahoo調べによると、岩手・宮城・福島の44市町村で復興に必要な職員が228人も不足していると言われている。そのうち、土木や建築などの技術系の職員が134人も占めている。また、昨年の熊本地震発生を機に応援職員を引き上げる動きなどもあり、風化は加速しているとも取れる。また、人が足りていないだけでなく、分配がうまくなされていないのも現実で、6年を経過して落ち着きを取り戻した自治体と、いまだに人が足りず復興がなかなか進まない宮城県気仙沼市などとの間で、実情に開きが生じている。

 

 

(4)福島の復興

 

(数字はyahoo!調べ 2016年11月時点)

復興庁によると、現状で帰還困難区域を除くほとんどの地域では非難が解除されており、福島のほとんどの地域は、帰ろうと思えば帰れる状態にはなってきている。その他、商店の再開や事業支援を通じて帰還に向けた整備・復興公営住宅の整備なども行っている。しかし、現実的に帰っている住民が多いのかというとそうではない現実もある。

順次解除された5市町村の住民登録者約2万人に対し、実際に帰還した人の割合は13.5%にとどまっており、生活インフラの復旧の遅れが帰還を阻んでいるとされている。復興庁などが継続的に実施している避難者意向調査によると、2016年11月時点で「戻らないと決めている人」は川俣町で31.1%、葛尾村で28.3%、南相馬市で26.1%に上っており、若者ほど帰らないとする人が多い。

 

(5)オリンピックやパラリンピックを含めた復興策

また、福島のJヴィレッジを2020東京オリンピックサッカー男女日本代表の事前合宿地にしようという動きなど、オリンピックを絡めて復興をより進めていこうという動きもある。

 

 

ー争点①復興支援は選挙とどう関係してた??

実は復興支援は、今回の衆議院選挙では主な争点とはされていない。

自民党は、公約において、「東日本大震災による地震・津波被災地域の復興については、復興機関が終了する2020年度までに必ずやり遂げる、という強い意志を持って全力で取り組んでいきます。」などとは書いてあるものの、実際にどのように取り組んでいくのかにいついては「中長期的な」「計画的な」「一日も早く」などといったあいまいな文字が並ぶ。

また、安倍首相は、公示日の第一声、福島市での演説で、災害公営住宅や高台移転の状況を示し「復興は間違いなく進んでいる」とアピールし、「福島県産品の輸入規制がこの5年間の努力で緩和された」とも述べた。しかし一方でやはり、具体的な現在の課題や被災地の将来像には触れなかった。

希望の党の小池百合子代表は「原発を30年までにゼロにする工程表をしっかり作る」、共産党の志位和夫委員長は「再稼働を中止して原発ゼロの日本を作ろう」と、エネルギー政策に絞って復興については言及した。立憲民主党の枝野幸男代表と公明党の山口那津男代表は復興に関する言及はなかった。

 

 

ー争点①復興支援は、選挙後どう進んでる、今後どうなる?

各党の復興支援策については、明確な指針などはないが、復興庁としては、今までの2016年3月までの時期を集中復興期、そしてこれからの時期を復興創成期と呼んでいる。

被災者支援に関しては、これまで通り避難者数を減らす取り組みを続けながら「心の復興」に向けて、コミュニティの形成や街づくりに取り組んでいく予定だ。生活支援に関しては、2018年度末にはおおむね住まいに関する事業を終える予定で、インフラに関しても2018年度に釜石浜松道路全面開通、2019年度にはJR常磐線前線開通などを行う予定だ。産業支援に関しては、2020年度に東北6県の外国人のべ宿泊者数を150万人泊を目指す。これは2015年の時点で53万人から考えると、5年で100万人以上の外国人を呼び込む計算だ。

福島の帰還困難区域に関しては、詳細な目途はたっておらず、原発の作業状況と連携しながら、なるべく早く対応する見通しだ。

また、オリンピックに際しては、被災地の食材を選手村の食事に使用するための積極的な働きかけや、被災地を回る聖火リレーの実施、復興情報ポータルサイトの開設などが行われようとしている。

また、福島県では、福島県知事の働きかけで、同県産の桃がタイへの輸出量を拡大するなどしており、地方行政の取り組みにも注目だ。

しかし、先ほど述べた課題も含め、復興に向けての政策は不透明なものが多く、これからも注意深く見守るだけでなく、自分たちに何が出来るのか、自分と東北とのかかわり方を見つめていく必要がありそうだ。

 

ーさいごに「現場で肌で感じないと復興は語れない」

ここまでを読んで皆さんが思ったことがあると思う。それは、「’復興’という言葉そのものがあまりに不明確で成果を図りにくいもの」だということだ。いくら数字で、何万人がまだ仮設住宅にいらっしゃるとか、まだこれだけの人が地元に帰れていないとかを示されても、正直実感がわかない、というのが本当のところではないだろうか。
実際私もそうだった。「被災地」「東北」「復興」そういった言葉のすべてが、自分とは関係のないところに存在し、イメージが出来なかったのだ。

だが、もうひとつ大事なことに気付いた。それは、被災地の復興は決して、「自分に関係のないこと」ではないということだ。その理由は2つある。一つには、この災害大国日本において、生きている間に自分が災害に合わない保証はどこにもないからだ。誰しもが、同じ状況で途方に暮れることがあるかもしれないと思うと他人事でいられるだろうか。
もう一つには、今や復興は、「人々の認識の問題」という段階に差し掛かっているということだ。技術的な復興は行政が進められても、例えば被災地の野菜や果物を不安に思う気持ちや、福島に持つイメージなどを、そのイメージのままで終わらせてしまえば、東北という土地は、いつまでたっても「被災地」のままだ。私たち自身が東北をどう捉え、どうかかわっていくかで、本当の意味での「復興」という言葉がなされうるのではないだろうか。

そんな想いを持ちつつ、今「復興」という言葉を捉えるためには、現地に行き自分で見て感じるしかない、ということで、今年の7月、東北3県、岩手・宮城・福島に訪れた。
そのレポートから、皆さんにも「復興」という言葉を肌で感じて頂きたい。

 

その際の東北3県レポートは明日以降順次公開!お楽しみに!

 

★参考文献

復興庁ホームページ

総務省消防庁ホームページ

消防庁対策本部平成23年(2011年)東北地方太平洋沖地震(東北日本大震災)について(第156報)

復興庁 東日本大震災関連資料

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