ヒップホップは何をディスるのか?

突然ですが『フリースタイルダンジョン』というテレビ番組を知っていますか?
昨年9月からテレビ朝日系列で放送されています。

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番組の詳細はここでは割愛しますが、
見たことのある方、正直「何やってんだろうこの人たち……」と思いませんでしたか?

マイクだけ握った二人が向かい合って、ラップ調で交互に相手を馬鹿にする。
それを何度か繰り返すと、審査員がよくわからない基準で点数をつける。
そして、いつの間にか勝敗が決まっている。
番組のヘビーリスナーの僕でも、書いていると本当によくわからない流れだと思います。

ようするに、よくわからない番組なのです「フリースタイルダンジョン」は。
でも、今年の春ごろからこの番組がにわかに話題となり、その界隈の認知度が高まっているのです。
あまりの人気急騰に、30年の歴史をもつカルチャー誌『SWITCH』が「みんなのラップ」と題して特集を組むほど。

ラップなんて聞いたことがないという方も、この機会にちょっと詳しくなりましょう。
ラップ、つまりヒップホップのカルチャーは、けっこう刺激的なのです。

 

「ヒップホップ」と「ラップ」は何が違うの?

「つまりヒップホップ」なんて簡単に言っちゃいましたが、
「ラップ」とか「ヒップホップ」とか、まずその違いがわからないという方も多いでしょう。

簡単に言ってしまえば、
「フリースタイルダンジョン」の例の対戦形式は「MCバトル」と呼ばれます。ラップをしている人たちがMC(マイクロフォン・コントローラー)です。
正確に言うと、あれは「ラップを使ったMCバトル」になります。

そして、ラップとヒップホップは別物ではなくて、ラップはヒップホップのひとつのジャンルです
「ヒップホップ・ミュージック」のなかに「ラップ」があって、「ヒップホップ」の形式のなかに「MCバトル」があります。

わざわざ「ヒップホップ」と「ヒップホップ・ミュージック」を書き分けたのは理由があります。
なぜなら、日本の一般的な認識と違って、ヒップホップのジャンルは音楽だけではないからです。

引用:http://www.galerie-takashi.com/ストリートアート/

引用:http://www.galerie-takashi.com/ストリートアート/

道端でこんな落書きを見かけたことはありませんか?
ここまで大きくなくても、市街地を歩けばいたるところで見つけることができます。

実は、これも「ストリート・グラフィティ」と呼ばれるヒップホップのジャンルなんです。
スプレー画で有名なアーティスト、ジャン=ミシェル・バスキアはこのジャンルの先駆者です。

それに、クラブやロックフェスなどのステージ上でヘッドフォンをつけて、ずっと音楽をかけているあの人たち。
回りくどく書きましたが、DJ(ディスク・ジョッキー)のことです。
彼らのプレイもヒップホップのひとつ。

もっと有名なのは、ブレイクダンス。
踊ったことはなくても、ヘッドスピンのような迫力ある動きはすぐに思い出せますよね。

これまであげた「ラップ」「DJプレイ」「グラフィティ」「ブレイクダンス」は、ヒップホップの四大ジャンルとされています。
見ただけではぜんぜんまとまりがありません。音楽と絵とダンスが全部ひとつのカテゴリーに収まると言われても、納得がいかないと思います。

でも、全部がヒップホップに当てはまるのには、ちゃんと理由があります。
ヒップホップがどうして生まれたのか、そもそもの由来を考えてみましょう。

 

争うための「ヒップホップ」

ヒップホップが生まれたのは、1970年代のアメリカ合衆国、ニューヨークのブロンクス区という街でした。ニューヨーク・ヤンキースのヤンキー・スタジアムのあるところです。

ブロンクス区はもともと多様な移民が暮らす街でしたが、第二次大戦後に転出が進み、その後を埋めたのは主にプエルトリコやドミニカなどからのヒスパニックや黒人でした。

70年代までにサウス・ブロンクス地区を中心にストリート・ギャングの抗争が増え、治安がみるみる悪化します。土地は違いますが『ウエスト・サイド・ストーリー』の雰囲気と言えば、イメージしやすいでしょうか。

「抗争」と言うと仰々しい感じがするので、思いきって「ケンカ」と言ってしまいましょう。

ちょっと考えてみてください。ケンカが増えてエスカレートすると、どういう事態になるでしょうか。

最初は口喧嘩ですむでしょう。しかし、殴る蹴るの暴力が出てくるまでそう時間はかかりません。そして、少し古臭いイメージかもしれませんが、バットや鉄パイプのような武器が使われるようになります。

では、武器の次はなんでしょうか。

もうおわかりでしょう。ナイフや銃などの凶器が使われ、相手の命を奪うことが目的になります。

実際、60年代後半のブロンクス地区の殺人件数はうなぎのぼりだったそうです。

けがですんでいればまだよかったんです。
しかし、実際に人が殺されるとなると、言うまでもなく大問題です。
不適切な表現かもしれませんが、僕たちにとってより当時の移民の人々にとってのほうが、殺人の増加はきわめて重大な事態なのです。

移民の人々は、ひとりでは生きていけません。
自分の家族や隣人、友人らとコミュニティを築いて助け合わなければいけないのです。
そして、そのコミュニティは決して大きいものではありません。
人数は最大でも20人ほど、そのうち働けるのは多くて15人といったところです。

一人の死は、そのコミュニティ全員の生存をおびやかしてしまうんです。

増えるばかりの抗争を一気に静めるような手立てはありません。
争いをなくすという課題は保留にして、ひとまず人を傷つけずに決着をつけることのできる方法が必要でした。

その方法が、ヒップホップだったんです。

冒頭で紹介した『フリースタイルダンジョン』の「バトル」という形式は、ここに由来します。
ヒップホップはそもそも争うために、バトルするために生まれたものです。

ただし、それは決して暴力を介さないバトルです。

音楽や絵、ダンスなど、パフォーマンスで争い決着をつけるのがヒップホップです。

ヒップホップでバトルするとき、その勝敗を決める基準はひとつです。
「どちらがカッコいいか」ただこれだけ。

「ヒップホップ」という名称も “hip”=「カッコいい」のスラングと “hop”=「跳躍する」を組み合わせたものです。
カッコよければ勝ち、ダサければ負け。これほど単純なルールをもったバトルは、世界中でヒップホップだけではないでしょうか。

ちなみに、MCバトルでは「死ね」とか「殺す」など直接的な暴力表現はほとんど使われません。

聴いたことがあるのは「死んどけ」くらいですが、これもなんども対戦している相手に向かって使う、いわば親しみを込めた表現のようです。
「死ね」や「殺す」などを使ったとしても、それが「ダサい」と見なされて、結局負けます。

ラップ、DJプレイ、グラフィティ、ブレイクダンスのすべてにおいて、相手をうまく煽り立てること、つまり巧みにディスることで自分をカッコよく見せることが勝敗のポイントになるんです。

ヒップホップはその後、移民文化のひとつとして反差別や社会風刺を取り込みながら国外へも広まっていきます。

日本でヒップホップが認知され始めたのは、80年代前半からとされています。
吉幾三の『俺ら東京さ行ぐだ』(1984年)という曲、一度は耳にしたことがあると思います。曲中にラップを盛り込んだ曲でヒットしたのは、あの曲が最初と言われています。「は~テレビもねえ、ラジオもねえ」の部分ですね。
80年代後半にはいとうせいこうやタイニー・パンクスなど多くの先導によって日本にも徐々に浸透します。TwiGy(ツイギー)やスチャダラパー、Rhymester(ライムスター)などの有名どころもこの時期に多く結成され、日本にもヒップホップが定着していきます。

 

最高のディスとしての「ヒップホップ」

閑話休題、そろそろタイトルを回収しましょう。「ヒップホップは何をディスるのか?」です。

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ここまで読んでいただければ明らかでしょう。

そう、ヒップホップがディスるのは暴力そのものです。人を傷つけること、人の命を奪うこと、「死ね」「殺す」と人の権利を損なうこと、そういったあらゆる暴力をディスるために生まれたのがヒップホップなのです。

こう考えると『フリースタイルダンジョン』の人気の理由も明らかになるように思います。

僕たちは近年ずっと、ISIL(通称「イスラム国」)のような過激派によるテロを見聞きし、ときには巻き込まれ、ヘイトスピーチのような差別による暴力を目の当たりにしてきました。

言葉の暴力だけでなく、差別が物理的な暴力に現れた事例は数多くあります。米国では黒人の青年が射殺され、大規模な抗議デモが起こりました。
日本でも、7月に起きた相模原の障害者施設殺傷事件は、まだまだ記憶に新しいでしょう。

ヒップホップが僕たちに見せてくれているのは「暴力に頼らずに勝敗を決めることができる」という可能性ではないでしょうか。

暴力に頼りきりな現状を見てきた僕たちは、だからいまヒップホップに注目しているのではないでしょうか。

たしかに、ヒップホップは「争いをなくす」という根本的な目的を果たすことはできません。

しかし「争いをすぐになくすことはできない」という問題を引き受けて、バトルをカルチャーに取り込んでしまったという点が、ヒップホップの最大の魅力だと僕は考えています。

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