大人はよく、「最近の若いやつは」と言うけれど…

    

私たち若い人は、よくこんな言葉を言われる。

「まだまだ子どもだな」「若いやつになにができるのか」「どうせ若いやつには…」

 

確かに私たちは20年ほどしかこの世を生きてきていない。

社会のことはまだまだ知らないことが多く、日々学ぶことも多い。社会を変えるようなことはできないかもしれない。しかし、私たちは大人から全てではないが、教育を受けて今の私たちが成り立っている。上の人が下の人に伝えていく。時代の変動によって伝え方や伝える内容は変わってくるし、必要のないことは省かれ、時代の流れにあったものが新たに伝えられていくことだろう。これは当たり前のことでもある。

2491680523_c7525b48c3_o

しかし、私は疑問に思うことも多々ある。

一番驚くのはベビーカーを押すママが信号を悠々と無視をしていることである。

無論、危ないということや交通ルールを無視しているということは言うまでもないが、私はそれ以上に危機感を覚えることがある。それはその子どもが大人になり、子どもを授かったときに同じようなことをするのではないかということである。考えすぎかもしれないが、子どもは一番近くにいる「お母さん」「お父さん」を見て育つ。言わば一番身近で頼りがいのある先生かもしれない。しかし、その先生が信号無視をしている。たかが信号無視かもしれないが、子どもはそれを常にしっかり見ているし、ママやパパがしていたから自分もしていいのかもしれないと思う可能性も十分あるからだ。

私はいつもこのような光景を見るたびに怖さより憤りを感じる

無駄に忙しい社会を私たちは生きているかもしれないが、今一度「子ども目線」に立つことが重要なのではないだろうか。小さなところに敏感に子どもは反応をするととともに、そこで感じたことをインプットしていく。

40D_0156

他にも小さなことかもしれないが、ご飯を食べる前には「いただきます」食べた後には「ごちそうさまでした」。学校では当たり前に行っているが、いつしか大人になると、10分で食べないと間に合わないなど、せわしくなり、忘れてしまっている。また、座った椅子を出しっぱなしにするなど身近な生活でも思い当たることがあるのではないだろうか。これらはどうしてもしっかりしていない人が私の目につくからかもしれないが、この小さな行動も意外にも小さな子たちは観察をしている。常に「先生」として自覚を持った生活を心がけてほしいと思う。

 

「今のわかものが~」「どうせわかものは~」と言われるのは、今の大人がしっかりとしていないというところもあるのではないだろうか。ここでは、大人がダメだという批判は全くする気もないが「大人」っていったいなんだろうとは思ってしまう

ただ歳を重ねて、そこそこ良い企業でそこそこいいポジションにつき、お金を稼ぎ、子どもを授かるというのが理想の「大人」かもしれない。

私は常に他の人にとって模範になるべく、存在感ある大人として、身近なところ、当たり前のことは当たり前のことをする、自分目線ではなく、相手目線を心がけてみる。など小さなところにもしっかり目を向けてほしいと思う。

それが「真の大人」ではないだろうかと考えるとともに、そのような大人が増えれば、子どもも「素敵な大人」に憧れ、背中を見て、成長していくのではないかと考える。

 

水野翔太

水野翔太【政治、社会、教育、文化政治】

投稿者の過去記事

言葉で様々な人に想いや意見を伝えていく。これは大変難しいことだと思います。しかし、言葉でしか伝わらないこともあります。私は政治や社会のこと地域のことをピックアップしていき、そのなにか、見えないけど感じ取れるものを皆さんに届けていき、議論もしていきたいと思います。
Facebook:https://www.facebook.com/shota.mizuno.neoT
witter:@NeoShota

ピックアップ記事

  1. 前編では京都大学で活動している「同学会」という団体について、その活動や思いについて触れてきた。…
  2. 新歓のやかましさも過ぎ、新学期の高揚感も過ぎて、学内を歩いて…
  3.  大学の新学期2017年度がはじまり一月ほどが経った。 新入の学部生、まず、おめでとうございます…
PAGE TOP