南京のおばあちゃんから学ぶ「歴史認識」

毎年8月15日は過去の過ちを見つめ直す「歴史認識」と、二度と戦争が起こらないようにするにはどうするべきかを考える「未来志向」の時間をとる良い機会だ。戦後70年だから何か特別だということはない。しかし、70という数字からは終戦日から長い年月が経ったという事を思わせ、歴史認識と未来志向をする時間がよりいっそう重要なのではないかと考えさせられる。70歳以下の人間が戦争を経験したことがないという今、どう歴史と向き合い、戦争のない世界を創造していくべきなのか。

 

南京のおばあちゃんから学ぶ、歴史認識へのヒント

<南京虐殺とは>

今や歴史の教科書の片隅にしか載っていない南京大虐殺。いったいどれくらいの人がこの出来事を知っているのだろうか。2009年にドイツ・フランス・中国が共同で制作した「ジョン・ラーベ-南京のシンドラ-」という映画は、日本で一般公演をすることを禁じられていた。そして2014年、5年という歳月を経てようやくこの映画を一般公演することができるようになったという。(http://johnrabe.jp/)

 

南京大虐殺とは、日本軍が中国の南京入城後、戦闘員ではない一般の人々を大量に殺害したことを指す。この出来事に対して日本政府の見解は以下の通りである。

  1.     日本政府としては、日本軍の南京入城(1937年)後、非戦闘員の殺害や略奪行為等があったことは否定できないと考えています。
  2.     しかしながら、被害者の具体的な人数については諸説あり、政府としてどれが正しい数かを認定することは困難であると考えています。
  3.     日本は、過去の一時期、植民地支配と侵略により、多くの国々、とりわけアジア諸国の人々に対して多大の損害と苦痛を与えたことを率直に認識し、痛切な反省と心からのお詫びの気持ちを常に心に刻みつつ、戦争を二度と繰り返さず、平和国家としての道を歩んでいく決意です。

(外務省:http://www.mofa.go.jp/mofaj/area/taisen/qa/08.html 引用)

 

この出来事は、日中間の歴史認識に相違がでている問題の例として取り上げられる。しかし、一つ目から分かるように、日本軍が南京で一般の人を殺害したという事は事実として日本政府も認めている。一般的に言われている中国との相違点とは、2つ目の「被害者の具体的な人数」である。3つ目は、どのように過去を理解し将来に繋げるかという「未来志向」の話である。

では、南京大虐殺の当事者はこの出来事をどう見ているのだろうか。

monyuumento3

南京大虐殺記念館

 

<南京のおばあちゃん>

2014年8月、南京で南京大虐殺の生存者である一人のおばあちゃんから話を聞く機会があった。日本軍が南京を占領した当時、彼女の家に日本軍がいきなり入ってき、家族は家の中で隠れたが、彼女以外は見つかってしまい殺された。日本軍がその場を去ってから彼女は泣き続けたそうだ。片目と片耳が見聞きしにくいのは、そのとき泣き続けたショックが原因だという。

そんな彼女に1つの質問がされた。

 

「あなたは日本が嫌いですか?」

 

家族が日本軍に殺されるというすさまじい経験をした彼女が日本の事をどう思っているのかは、その場で話を聞いていた我々が抱いていた素朴な疑問であった。しかし、その答えは予想していたものとは異なり、とても意外なものだった。

 

「今の日本には感謝しています。」

 

これが一言目に発せられた言葉であった。そしてこう続けた

「かつては日本が嫌いだった。しかし戦後、自分の体験談を話すために日本に行く機会があった。そこで私は日本人に本当に良くしてもらった。そこで私は気づいた、日本は変わったのだと。」

 

<歴史認識と未来志向に必要な3つの事>

この南京のおばあちゃんから「歴史認識」と「未来志向」のヒントを得ることができる。彼女から学べる「歴史認識」と「未来志向」を3つの視点から考える。

 

1.歴史に対する心構え

歴史を心に刻み、しっかり受け止めることが最も重要である。南京大虐殺で考えるならば、日本軍が南京にいた人々を殺したという事は事実である。犠牲者数や、その人物が戦闘員であったか非戦闘員であったかは関係ない。多くの人々が戦争によって殺されたという事実をいかに受け止めることができるのかがまず必要なのである。

“過去に目を閉ざす者は結局のところ現在にも目を覆っていることになる”

Byワイツゼッカー『荒れ野の40年』より

 

2.どこまで歴史にこだわるのか

歴史を真摯に受け止めることは重要な事だが、歴史に固執しすぎることもまた問題である。南京大虐殺の場合、犠牲者数の認識に相違があり、日中間のすれ違いが起きている。犠牲者数を断定し歴史的事実を突き詰めていくことは、現代の平和構築のあり方を考えることにおいて重要なことなのだろうか。数や概要にこだわる事は、歴史を総体的に見ているように思える。南京で人々が殺されたという事実と、南京大虐殺を経験した一人のおばあちゃんに焦点を当てるからこそ、過去を見ながら現在と将来を考える「歴史認識」ができるのではないか。歴史を一連の流れで捉えるのではなく、一つひとつの点で捉え向き合うことが、戦後を考える歴史認識において重要なことなのである。

 

3.現在と未来を創造する力

過去をどう認識して未来に繋げるのかという事はもっとも重要な事である。歴史を過去のあやまちとして捉えてはならない。過去の人々の考え方が未熟であったから戦争が起きたと考えることは危険すぎる。今現在においても戦争が再び起こりうることは常に意識しておかなければいけない。今も昔も同じ「人間」なのである。歴史から学び、現在と将来を冷静に判断する力が必要だ。南京のおばあちゃんの「今の日本には感謝している。」という言葉が全てを物語っている。歴史を無視する訳ではない。歴史を心に刻みながら、現在の社会と向き合っているのだ。歴史は決して相手を罵る(ののしる)ための道具ではない。お互いの共通認識を生み出し、現在と未来の平和を創造するためのものなのである。

 

歴史を真摯に受け止め、全体ではなく個人に焦点を当てながら、戦後70年を考えて欲しい。

 

参考:ワイツゼッカー:荒れ野の40年 http://r.binb.jp/epm/e1_6434_07022015122740/

中田直志

中田直志【国際・政治・文化】

投稿者の過去記事

【国際・政治・文化】
座右の銘は “風たちぬ、いざ生きめやも”です。
自分の書いた文章が、誰かにとっての閃きの瞬間であったらいいなと思ってます。

日ミャンマー学生会議(IDFC)元スタッフ。現在コペンハーゲン大学に留学中。

ピックアップ記事

  1. トランプや安倍総理の言動や移民問題、ヘイトスピーチに沖縄の基地問題、今では森友学園の話題など、現在の…
  2. 「日本が好きだ。当たり前だ。日本に生まれて、日本で育った。だって僕は日本人なのだから。」…
  3. 類聚=同じ性質・種類のものを集める前回少し平安時代の話をしましたが、平安時代の古典には「○○類聚…
PAGE TOP