“地下鉄道の駅”と呼ばれた家

アメリカはインディアナ州、リッチモンドに位置するLevi Coffin House(レビコフィンの家)。

オレンジの外壁に白い屋根。現在州の歴史遺産に登録されているこの家は“地下鉄道の駅”(The Station of Underground Railroad)と呼ばれている。19世紀前半、奴隷が自由を求めて”移動”(Railroad)する際に”秘密裏”(Underground)に”足を止めた”(Station)場所であることが名称の由来だ。

「アメリカ史を語るうえで奴隷制度は欠かせない」案内を始める前にガイドの男性は念を押した。

 

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【Levi Coffinの家 1827-1847】

 

アメリカは建国当初(1776年)、奴隷制度が認められていた。南部の奴隷制度賛成派11州、北部の奴隷制度反対派11州と均衡をたもっていたものの60年代西部への領土拡大とともに「新しく開拓される州はどちらにつくのか」という問題が浮上してくる。61年奴隷解放を掲げるA.リンカーンの大統領当選とともに対立は表面化。南部と北部による南北戦争によって北部合衆国側が勝利し(1865年)奴隷解放への機運が高まる。

 

建国から制度上、奴隷解放に至るまでの約90年間アメリカ国内の奴隷はどのように過ごしていたのか。1826年から1847年の21年間、そのほんの一部にあたる約2000人の奴隷が足を止めたのがここである。短いものは数時間、長いものは数か月、いずれにせよここは奴隷たちの home ではない。いくつもの station を経由し彼らが目指したのは奴隷制度のないカナダだった。

 

Evernote Camera Roll 20151013 144034   【裁縫部屋】

部屋に入ると1階には暖炉や食卓のある居間、揺り椅子や糸車のある裁縫部屋、書斎などがあり、2階へ上ると低い天井の部屋にベットが2つ。子ども部屋と思われるこの部屋には80センチほどの扉があった。

 

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【子ども部屋】

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【隠れ部屋】

隠れ部屋の中には1度に14人の奴隷がはいっていたという。扉はベットを横にずらして隠すことができるほどの小ささだ。首を曲げてはいると光は完全に遮断されており、空気の流れもない。締め切ったスペースだった。

 

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【地下につながる通路】

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【地下の隠れ部屋】

裏口の横には地下につながる階段がある。足を踏み入れると地下から地上に向かう冷気を感じた。2.5メートルほどの天井の地下室が現れる。机の上には食材を調理する器具、部屋の奥には水をためる井戸のようなものがあった。見学者が地下の様子を見られるように蛍光ランプがついていたが、ろうそくだけではかなり暗い。なにより外に通ずる窓がない部屋で日の光はみることができない。

 

彼らが家に訪れるのは人目の少ない真夜中や夜明け。1回に平均して十数人、最多で70人が一度に訪れた。決して正面玄関からは入らず、入り口は北側に位置する裏口。見ず知らずの相手を家に招き入れるのに必要だったのは合言葉である ”friend of a friend (友だちの友だち)” だけであった。

日中は一つ屋根の下で共に暮らし、夜中には月に1度不定期で新たな住居人が訪れる。受け入れる側は毎晩どのような想いで夜を迎えていたのだろう。

 

7年間、Coffin一家が抱えていた“受け入れる側のリスク”はどれほどにものだったのか。

近隣の住民はこの家が“地下鉄道の駅”であることは認識していたという。知られていてもLevi Coffin氏は一言も話さなかった。近隣住民も奴隷について詳しく聞くことはなかったという。受け入れる側のリスクはどの家族にも当てはまる。

 

現在、シリア難民の問題はアメリカでも日本でも、世界中で大きな政治的決断に関わる問題になっている。受け入れるリスクが高いのは日本だけではない。リスクを背負いたくない気持ちはアメリカも、どの国も変わらないのではないか。

そのうえで社会は、政治は、どのリスクを妥協しどのリスクを固持するのか。

”友だちの友だち” のために今できることは何だろう。

Coffin一家が7年間背負ったリスクは建国から自由を標榜するこの国が抱えるおおきな矛盾を変える流れのほんの一部であったかもしれない。

しかし今もなお解決されていない問題に目を向けるきっかけを与えてくれる。

大間千奈美

大間千奈美【社会・人】

投稿者の過去記事

現場に近づき、そこで生きている人の声に耳を傾け、伝えられるようなジャーナリストになりたいです。
若者のひとりとして、書くことで自分も、欲を言えば世の中も、変わることがあると本気で考えています。
貧困、差別、都会と地方、多様性、などが関心領域。サステナブルという言葉の響きが好き。

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