国際社会のなかのチベット

10月19日から23日までの5日間、インドから大学にチベット仏教の僧侶6人がやってきた。なぜチベット僧がインドから訪れるのか。「チベットは中国の南西部に位置する自治区。国家とは認められてない。」と、チベット出身の学生が答えてくれた。

図2

チベットはエベレストの東に位置する

通っている大学に国際的なステータスが“難民”である学生はチベッタンのほかにパレスチナンがいる。同じキャンパスで授業を受け、食事をし、生活している。

難民の定義とは何なのか。国連総会決議によって1950年12月14日に設立された国連難民高等弁務官事務所 (United Nations High Commissioner for Refugees)が1951年難民条約の第1条に難民の定義を記している。

【人種、宗教、民族、特定の社会集団や特定の意見をもっている人々の集団といった理由から事実に基づく不安や懸念を抱えている人で、国籍を持つ国の外にいる人。また、その国から保護を得られない、もしくは、そのような懸念のためその国による保護を望まない人々。】

正式なパスポートを持っていない、母国に戻ること、もしくは他国に移動することができないなど、“保護を得られない”に複数の解釈やケースがある。

彼らが学校から去る前日、Presentation and Dance ; Story of Tibet というイベントが開かれた。そこではチベットの地理、人々、歴史、文化などの話を聞き、伝統舞踊である修道士のダンスを披露してくれた。プレゼンの冒頭、スライド画面に映るチベットの国旗を前に1人の僧侶がこんな言葉で挨拶をした。

 

Evernote Camera Roll 20151222 151641e

修道士のダンス

「残念ながら、現在この旗は私たちの国でなびいていません。何世紀も近隣の国と政治的な衝突がありながらもなんとか独立を保ち続けていたチベットが1950年代におきた中国による侵入によって残酷にも終わりを告げたからです。」

1949年中国人民解放軍(PLA)がチベットに侵入。翌年ダライラマは国連に対して助けを求めるものの、西から順にチベットは侵略されていった。 1959 年 国連が “チベット人の基本的な人権と自由に対する終わらない暴力にたいする重大な懸念とチベット人の基本的な人権と独自の文化、宗教的な生活への尊重を求める” という決議を発表。 1961 年に2度目、1965年に3度目の決議が可決されるものの、1972 年中華人民共和国は公式にUNの常任理事国になり、チベットに関する決議に対して拒否権を発動するようになる。

「それからというもののチベットの宗教と文化は巧妙な政策によって破壊され、弾圧されてきました。今までに120万人以上のチベット人は殺され、6000以上のチベットの修道院は破壊され、何千もの無実のチベット人は迫害され、投獄され、拷問され、殺されてきました。ダライラマへの忠誠とチベットの独立を望んでいるために、です。」と彼は続けた。

1992 年には6人のチベット人がニューヨークの国連前でハンガーストライキをしている。今までに計約143人以上のチベット人が焼身自殺という方法で独立を求めている。 彼らがそのような方法で国際連合に訴えているものには主に以下の要求が挙げられる。

1, 国連はチベットの地位に対して再び討論をしてほしい。

2, 国連はチベットに独立した人権報告者を送り、チベットで起きている事実を国際社会に知らせてほしい

3, 国連はチベットの将来に対する望みを理解し、独立した自己決定権を保証するために国際的な決定をだしてほしい。

Evernote Camera Roll 20151222 1516413

学生が持つ写真にはチベット独立を求め今まで焼身自殺してきた人々が映っている

焼身自殺という方法にはチベッタンのなかにもさまざまな議論がある。ただ、国際社会に難民である彼らが交渉する手段は驚くほど限られているということ。その理解なしにはこの行動は理解もされないかもしれない。“過激”という言葉の裏にどれだけ彼らの生きづらさを生み出すシステムがあるか、知ろうとすること、それがわたしたちにまずできることではないか。

彼らが去る日、集まった学生を前に僧侶たちが完成した伝統芸術を披露してくれた。4日間かけて彼らが作ったのは曼荼羅と呼ばれる伝統的なアート。淡く、多彩な色合いでできるこの芸術は近づいてみてみるとその繊細さに驚かされた。細い線、微細な柄のすべては小さな色のついた砂からできていた。砂をペンのような円錐型の金属器に注ぎ、もう片方の手に持つ金棒で調整しながら直径70センチ程のキャンパスにのせる。

調整する際に棒と金属器がこすれる音が響く。はじめは楽器かと思うほど、どこか心が休まるような音だった。

Evernote Camera Roll 20151222 1516409

曼荼羅。作っている時間も、壊す時間も含めて1つの作品のように感じた。

そうやって1つ1つの砂の粒でできた曼荼羅を前に、一人の僧侶が1つ1つの柄に込められた想いや意味を説明し始めた。説明が終わった後、2人の僧侶が経を唱え始め、また別に2人が伝統楽器ラグドゥンを奏で出す。それと同時に3、4人の僧侶が砂でできたアートに刷毛を入れ、一つ一つの繊細な柄は中央に集められたただの砂となった。

すべてが終わった後、僧侶が言葉をつづける。「美しい作品だからなぜ取っておかないのかと何度も聞かれるんですけれど、でも、この世に永遠なものなんてありません。美しいから永遠に残しておきたいと考える人もいるでしょうが、私たちは何度も作っては自然に戻し、無常を感じるんです。」

無常という言葉に親近感を感じた。彼らが大切にしているものをこれからも大切にするために。国際社会に問われるものは何だろう。

 

* http://www.unhcr.org/pages/49c3646c125.html

* http://www.savetibet.org/resources/fact-sheets/self-immolations-by-tibetans/

大間千奈美

大間千奈美【社会・人】

投稿者の過去記事

現場に近づき、そこで生きている人の声に耳を傾け、伝えられるようなジャーナリストになりたいです。
若者のひとりとして、書くことで自分も、欲を言えば世の中も、変わることがあると本気で考えています。
貧困、差別、都会と地方、多様性、などが関心領域。サステナブルという言葉の響きが好き。

ピックアップ記事

  1.  大学の新学期2017年度がはじまり一月ほどが経った。 新入の学部生、まず、おめでとうございます…
  2. 出町柳駅すぐのバス停で、バスに乗り、ゆられること30分。そこには都会の喧騒から離れた、自然が豊か…
  3. 4月、出会いの季節。今年も多くの新入生が、大きな期待を胸に大学へ入学した。&nbsp…
PAGE TOP