オバマ大統領の広島訪問を受けて「今、日本の人ができること」ー南京大虐殺の証言集会に行ったら、若者が全然いなかった

オバマ大統領が広島を訪問したことが話題になっている。

筆者も、まだ被爆者の声を直接聞くことができる今、オバマ大統領が広島訪問をしたことに大きな意味が在ると思う。

その意義を思うと同時に、日本の人ができることを、多くの人は見落としていないかと感じている。

 

昨年の12月、『南京大虐殺60カ年全国連絡会』が開かれるとの新聞記事を読み、行ってきた。
市民団体の連絡組織が約20年にわたり、中国・南京大虐殺(1937年12月)の生存者を日本へ招き、毎年彼らの証言集会を開いてきたが、昨年末、最後の集会が開かれると書かれていた。

そして、気にかかったことがあったので、個人的に考えたことを書かせていただく。

 

「南京大虐殺」は1937年12月13日、当時の中華民国の首都であった南京を旧日本軍が陥落させた後に多くの中国市民が旧日本軍によって虐殺されたとされる事件である(週刊朝日)。

2015年10月、この「南京大虐殺」が「アンネの日記」などと並んでユネスコ記憶遺産になったという記事を読んだ人もいるかもしれない。

 

そんな歴史を見た方、体験した方から、直接お話を伺える

決して軽くない足取りで向かうと、用意されていた150人用の席以上の参加者にスタッフの方々が驚いていた。

 

そこで、運営者の方の言葉が胸に突き刺さる。

「体験者の皆さんが(日本に辛い過去を伝えに)来てくださるのは、若い日本の人たちに伝えて、再びおこらないようにしたいからです。」

 

若い人、どこ!?

 

90歳近くのご高齢の体験者が、飛行機に乗ってきてくださっているのに、10代20代の人は、少なくとも私には、一人も見当たらない。

(1人いらっしゃった! と安堵した瞬間、彼女が中国の記者の方だったと判明)

 

専門外な自分には、知識もないのにものを言う資格ない、と何度も思った。

けれども、「難しい問題だから」という理由だけで議論されないままだと、

いつまでたっても日本は隣国との健全な関係が築けず、

事実の確認に不可欠な体験者の方々は、高齢になる一方。

そこで、証言集会にいた唯一(?)の若者として、

何か書かなければ、という思いに突き動かされて、これを書いている。

 

戦争の間に何が起こったのか判定することが困難なのは、そうかもしれない。その難しさを理由に、水に流そうよ、という日本の人がいうのも聞いたことがある。

けれども、誰がどんな理由で、どんな風に人生を狂わされて、命を落としたのか、それがわからないくらい混沌とした状況をつくるのが戦争。

そうした戦争の一面を見るためには、まず色々な歴史の側面を見聞きすることが必要なのではないか。

 

日本がしたこととして語られたり、資料が少なからず残っている中で、日本に生きる人たちが、戦後生まれだから無関係だといっていてよいのか……。

 

「日本人」として、歴史や習慣を語り継ぐのは一般的に良いこととされるのに、それが負の遺産、つまり戦時中に日本兵がしたことの話になった途端に、口をつぐみ、他者から言われると日本の名誉が汚されたといわれる。

 

辛い過去の話に耳を傾けるのは辛いし、

ましてや、それが日本の負の遺産についてであれば、

進んで知りたいと思う人は少ないかもしれない。

けれども、歴史というのは、未来をつくるために必要であり、

学んで、考えて、自分の一部にしてゆくもの。

第二次世界大戦のヒロシマやナガサキでのことだって、喜んで楽しんで学ぶというよりも、「経験者としての日本」の構成員として知っているのが当たり前だから、学ぶ

 

愛国心を教育に取り入れようという動きがあるけれど、本当の愛国心というのは、負の遺産も全て受け入れた上で、日本をよい国にしていこう、という心なのではないか。

 

また、海外に出れば、ひとりひとりが日本を背負っている、というのはよくいわれる。日本人は機械に強いよね。とか日本人のサービス精神は世界一だ。なんて言われると、自分自身は機械が苦手でも、サービス業界で働いた経験がなくても、なんだか自分が褒められたような気になる。

そうした連帯感は、時空をも超えうるのではないか。

 

それが、日本兵が海外でしたことになると、調べたり語ったりすることは、自分に関係ないから、と言いきれるのだろうか。

「日本」がしたと考えられているのに、現代の日本人である私は無関係だから、私は知る必要も考える必要もない、と言い切ってもよいのだろうか。

 

私たちにできることは、まだある、むしろ若い私たちだからできることが、いっぱいあるはず。知ろうとすることは、だれにでもできるはず。

 

この記事を読んで、南京にいって記念館行ってみようかな、体験者のお話聞いてみようかな、そんな人がいたらこれ以上嬉しいことはない。

 

生存者の高齢や健康不安を理由に2015年が最後となった証言集会。

南京は私自身まだ行ったことがなく、世界で絶対いきたい場所のひとつ。

しかし今回の集会で改めて、急いでいかなきゃ、体験された方のお話をもっと直接伺いたい、と痛感させられた。

 

最後の証言者、陳徳寿さん(当時6歳)は、父や叔母が日本兵に銃剣で刺し殺された経験を細かく話した後で、こう話してくださった。

「(ある)日本兵が城内に入って6日目、叔母のために一つの棺桶を探し出し、そして私たちに僅かばかりの食糧を探してくれました。私はこのような同情心のある日本人を忘れることができません。」

 

「平和、友好は大事。戦争はだめ。私の話は以上です。」

そう言葉を締めくくった陳さんの表情は、優しくも力強くあった。

悲痛な記憶を伝える声を直接受け取るのは、責められうると感じる側としては怖いものがあるが、あえて米国の代表でありながら被爆者の声に耳を傾けたオバマ大統領の言葉で締めくくりたいと思う。

「…私たちは、歴史を直視するために共同責任を負います。…いつの日か、証言する被爆者の声が私たちのもとに届かなくなるでしょう。しかし、1945年8月6日の朝の記憶を決して薄れさせてはなりません。その記憶があれば、私たちは現状肯定と戦えるのです。その記憶があれば、私たちの道徳的な想像力をかき立てるのです。その記憶があれば、変化できるのです。….平和的な協力をしていくことが重要です。暴力的な競争をするべきではありません。私たちは、築きあげていかなければなりません。破壊をしてはならないので す。なによりも、私たちは互いのつながりを再び認識する必要があります。同じ人類の一員としての繋がりを再び確認する必要があります。つながりこそが人類 を独自のものにしています。」

 

花岡洋二, 南京大虐殺 生存者自身が語る 東京で9日、最後の証言集会, 毎日新聞 東京夕刊, 2015年12月2日http://mainichi.jp/articles/20151202/dde/041/040/047000c

週刊朝日, 田原総一朗「記憶遺産登録の『南京大虐殺』を日本は完全否定できるのか」, 2015年10月30日http://dot.asahi.com/wa/2015102100043.html

イアン・ブルマ著, 石井信平訳, 戦争の記憶—日本人とドイツ人—(1994)

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普段ほとんどの人が疑問に思わない、けど考え始めたらちょっとおかしいかもしれない、人と動物との関係について書かせていただければと思います。
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