【歴史のウラヅケ】サッカーが、時に血みどろの熱狂をもたらすワケ

6月に入って、ユーロ(欧州選手権)やコパアメリカ(南米選手権)が開幕し、サッカーファンの皆さんにとっては寝不足の日々が続いているのではないでしょうか?

今や世界で最も人気のあるスポーツと言っても過言ではないサッカー。

その中でも特にW杯やユーロは世界中で注目を集めるビッグイベントです。

ユーロの開催で盛り上がるドイツのサポーター

ユーロの開催で盛り上がるドイツのサポーター

 

では、どうしてサッカーはこれほど盛り上がるスポーツとなっているのでしょう。

実は、この要因の1つとして、サッカーとナショナリズムの強い結びつきがあることが挙げられます。

日本に住む我々にとってはサッカーとナショナリズムと言ってもピンと来ないかもしれません。

しかし、ヨーロッパや南米などサッカーの盛んな地域では事情が違ってきます。

そもそも、サッカーの起源が戦争と密接に関わっている(多少のグロテスクな要素があるので調べたい方は自己責任で)というのもあり、代表チームは文字通り国の”代表”であり、国際試合は国の威信をかけた”代理戦争”なのです。

特に、ヨーロッパでは歴史的に民族や国家が複雑で、サッカーが自分たちのナショナリズムの発揚の場となることが度々あります。

では、今回はサッカーを通じてナショナリズムの問題を浮き彫りにしてみましょう。

 

2つの例を見ていきます。

 

今回のユーロの注目、何といってもウェールズ代表でしょう。

ウェールズ代表は、これまで1度もユーロの予選を突破することができませんでした。

しかし、今回はガレス・ベイル選手を中心に圧倒的な強さで予選を突破し、ユーロ史上初の本戦出場を決めています。

 

ウェールズ代表で活躍するガレス・ベイル選手

ウェールズ代表で活躍するガレス・ベイル選手

 

ここで、サッカーになじみのない読者の皆さんは、ウェールズ代表という言葉に少し戸惑うかもしれません。

サッカーファンの皆さんはご存知かと思いますが、実はイギリスには代表チームが4つあるのです。

その4つというのが、イングランド代表、スコットランド代表、ウェールズ代表、北アイルランド代表です。

イギリスという国は正式名称を『グレートブリテン及び北アイルランド連合王国』といいます。

そう、イギリスはイングランド、スコットランド、ウェールズ、北アイルランドの4つの国から成る『連合王国』なのです。

サッカー発祥の国と言われるイギリスでは、この4国のサッカー協会がFIFA(国際サッカー連盟)よりも先に存在していたので、代表チームも4国それぞれに存在しているのです。

でも1つの国に代表チームが4つもあるのはおかしいし、イギリス代表にまとめたらもっと強くなるし、そっちの方がいいじゃないかと考える人は多いのではないのでしょうか。

 

しかし、この国の場合、そう簡単にはいかない事情があるのです。

 

現在のイギリスという国は、16~18世紀にかけてイングランドが他の3国を併合して成立しました。

しかし、未だに4国の国民の帰属意識は、イギリスではなく、それぞれの国に向いているのです。

つまり、スコットランドの人々にとっては、自分自身がイギリス人だという意識よりも、スコットランド人だという意識のほうが強いわけです。

実際、2014年にはスコットランドでイギリスからの独立を問う住民投票がありました。

結果は僅差で反対の票が上回りましたが、今後も独立を目指す運動は続くと思われます。

他の地域でも、やはり、独立を目指す声があります。

イギリスは、今でもこうした問題を抱えているので、代表チームが1つになることがないのです。

そして、イングランドが他の3国と戦う場合は非常に盛り上がります。

今回のユーロでは、イングランド代表とウェールズ代表が対戦しますので、楽しみにしているサッカーファンは多いでしょう。

このようにサッカーを通じて見ることで、日本人が1つの国として捉えがちなイギリスが違った姿で見えてこないでしょうか?

 

筆者としては、1度イギリス代表で戦うのを見たいのですが、難しいのかなあ…

 

サッカーでナショナリズムの問題が見られるのは代表チームの試合だけではありません。

地域の代表であるクラブチームの試合であっても、時には国際試合以上の盛り上がりを見せることがあります。

 

もう1つの例を見てみましょう。

 

現在、世界一強いクラブチームはどこでしょうか。

意見は様々だと思いますが、多くの人がFCバルセロナかレアル・マドリードの2チームを挙げるのではないでしょうか。

スペインを代表するこの2チームは、近年のヨーロッパでの主要タイトルの多くを手にしています。

世界で最もサポーター数が多いクラブランキング(2011)では、2位にFCバルセロナ(約2億7000万人)、3位にレアル・マドリード(約1億7400万人)となっており、世界的な人気を誇る2チームなのです。(ちなみに1位はマンチェスター・ユナイテッドで約3億5400万人です)

この2チームの対戦は『エル・クラシコ(伝統の一戦)』と呼ばれ、世界中が注目する一戦となります。

 

激しくぶつかり合うメッシ選手(FCバルセロナ)とペペ選手(レアル・マドリード)。

激しく競り合うメッシ選手(FCバルセロナ)とペペ選手(レアル・マドリード)

 

実はこの『エル・クラシコ』、ただのライバルチーム同士の対戦以上の意味を持つものであることをご存知でしたか?

ここにも、スペインが抱えるナショナリズムの問題が深く関わっているのです。

 

さて、以下で詳しく説明していきましょう。

 

バルセロナのあるカタルーニャ地方は、9世紀頃から君主国として独自の歴史を歩んでいました。

しかし、1479年にスペインが統一されると、以後マドリードの中央政権の支配が強まります。

そして次第にカタルーニャ地方は弾圧を受けるようになります。

その弾圧が特に強まったのがフランコ政権の時代でした。

 

戦前から戦後にかけてスペインで独裁を行ったフランコ。

戦前から戦後にかけてスペインで独裁を行ったフランコ

 

フランコは、1936年に起きたスペイン内戦に勝利し、政権の座につきます。

彼はスペインのナショナリズムを掲げるとともに、カタルーニャの言語や文化を禁止しました。

そういった状況の中、FCバルセロナのホームスタジアムであるカンプ・ノウにおいてのみカタルーニャ語の使用が認められていたのです。

レアル・マドリードは言わずもがなスペインの首都のクラブであり、フランコ政権との結びつきが強かったので、この時代の『エル・クラシコ』は文字通り中央政権とカタルーニャの”代理戦争”だったわけです。

当時の『エル・クラシコ』の盛り上がりは想像するに難くないでしょう。

そして現代でもカタルーニャの独立運動は続いています。

特に2010年以降は運動が激化しており、2016年1月にカタルーニャの首相に就任したカルラス・プッチダモン氏は18か月以内にカタルーニャ共和国の樹立を目指すと述べています。

 

このような背景を持つ『エル・クラシコ』、両者は絶対に、負けるわけにはいかないのです。

 

 

いかがでしたでしょうか。

サッカーというスポーツの見方が変わった、という読者の方も多いのではないでしょうか。

この記事で挙げた例以外にも、因縁のある国や地域はたくさんあります。

対戦する両チームのバックグラウンド、そしてその試合にかける選手やサポーターの想い。

知れば知るほどサッカーを見るのが面白くなるはずです。

この記事を読んで下さった皆さんが、よりサッカーを楽しめますように。

 

 

seizee編集部

seizee編集部

投稿者の過去記事

当メディア『SeiZee』の編集部です。
「読んだらちょっと、考えちゃう」をテーマに記事発信しています。

昨年末から、モスク、競馬場などへのインタビューに力を入れています。

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