【国家】世界はナショナリズムへと逆行するのか【民族】

はじめに

戦後71年を迎えた今年2016年、まだ下半期が始まったといったところですが世界では政治経済ともに多くの動きがありました。その中でも「Brexit」や米大統領選でのトランプ氏の躍進、反移民・難民運動など世界各国に広がる不寛容、これらの出来事は私たちに漠然とした不安を抱かせます。グローバル化がもたらしたボーダーレス化に逆行し、第二次世界大戦や冷戦の時代のような分離と対立の時代となってしまうのでしょうか。

私はこの問題に対し、ナショナリズムの意義を再確認するべきだと思っています。

 

ナショナリズムとは

ナショナリズムはナポレオン戦争前後に確立し、その後の国民国家形成の原動力となりましたが、他のイデオロギーと違って提唱者の存在がはっきりとしておらず、その定義は愛国主義や国家主義、国粋主義など様々に及び断定するのは難しいです。ナショナリズムは多くの著名人から戦争を起こし、煽り立てるイデオロギーとして批判されてきました。その例としては以下

 

「愛国主義の名の下に行われる英雄主義・命令、意味の無い暴力、そして忌むべき愚行。それらを私は激しく憎む!」

「ナショナリズムは小児病である。それは国家の麻疹(はしか)である」-アルベルト・アインシュタイン

「愛国者は常に祖国のために死ぬことを口にするが、祖国のために殺すことについては決して語らない。」-バートランド・ラッセル

「愛国心とは、ならず者たちの最後の避難所である」-サミュエル・ジョンソン

 

結構ボロクソに言われてますね(笑)

他にもナショナリズムは古来からあったものではなく、近代特有のものであるという主張が存在します。先ほども述べました通りナショナリズムはナポレオン戦争の前後に生まれたものと言われています。国民国家を形成する過程で多くの国で地方ごとの差異を抹消して均質化する試みがなされました。

その例としては言語が該当します。近代国家ができる以前「標準語」というものは存在せず、その地方独自の言語、いわば方言しか存在しませんでした。国民国家を形成するうえでは教育を国民に施す必要がありますので、ここで「標準語」というものが生み出されました。

その一方で、他国との差異は強調されました。例としては17~18世紀に独立したラテンアメリカ諸国があげられます。これらの国々ではラテンアメリカ出身の白人(クリオーリョ)がスペイン出身の(ペニンスラール)に反抗した結果独立運動が起きました。つまりクリオーリョはペニンスラールとの差異を強調することで国民国家を形成したのです。差異の強調と均質化、その双方を使ってナショナリズムは我々のナショナルアイデンティティを形成しました。あなたがもし漠然と郷土愛や祖国愛などを持っているとしたら、それは案外最近作られたものかもしれませんよ?

日本

ナショナリズムは悪?

上記の通り、ナショナリズム・愛国心批判には大抵戦争・対立を煽るものという点が批判されます。総力戦となった第一次世界大戦、それに続く第二次世界大戦の間ではプロパガンダとしてナショナリズムが煽られ国民団結力を高めました。戦後の紛争においてもナショナリズムが煽り立てられた例が数多くあります。

じゃあ結局ナショナリズムって時代遅れの産物で、伝統とか強調するくせに実は近代に作られた幻想の概念で唾棄すべき悪ってことなのでしょうか。

 

ナショナリズムをそのようにとらえると、少なくとも2016年上半期のような反発を招くだけでしょう(笑)

 

Brexitや反移民・難民のムーブメントはグローバリズムに対するある種の反動かもしれません。しかし歴史の流れに逆行するものとしてそれを一概に批判していても、実は袋小路に迷い込んでいたのは我々だったのかもしれません。つまるところ「進歩」なぞ今の我々にはわからないのです。今後の歴史が今まで通りボーダーレスに向かうのか、それとも再びナショナリズムへ向かうのかはわかりませんが、ナショナリズムの性質について、ちょっと考えてみましょう。

 

国民国家形成の過程をもう一度振り返ってみれば、国民国家は均質化を図ることで同質の国民を形成したということがわかります。これによって地方共同体に所属していた人間を国家という、より大きな共同体に所属させました。個人のアイデンティティの依代は地方共同体から国家へと変貌したわけです。それなら地球規模で個人を均質化してみればいいのではないかというものが、乱暴に言えばグローバリズムであると私は考えています。地球規模でのナショナリズムともいえるグローバリズムですが、そこには均質化はあっても差異の強調がありません。ここがグローバリズムの限界と言ってもいいかもしれません。比較の対象となる「敵対的宇宙人」のようなものがいるのなら、私も積極的に「地球市民」になれるのかもしれませんけど。

 

ナショナリズムは2016年の今日でもナショナルアイデンティティの依代となる国民国家を維持しています。この現状を無視して盲目的に歴史を「進歩」させようとすることは個人の文化帰属意識を揺るがし、かえって反グローバリズム、ひいてはナショナリズムの潮流を引き起こしかねません。戦後71年を迎え、大きく動いた国際情勢を考えるうえで、各国のナショナリズムに少し耳を傾けるのも必要ではないでしょうか。

 

参考資料

『想像の共同体: ナショナリズムの起源と流行』ベネディクト・アンダーソン

『増強 日本語が亡びるとき』 水村美苗

【特集】愛国心って何ですかって、偉い人たちに聞いてみた。

http://seizee.jp/philosophy/572

Y.I.

Y.I.

投稿者の過去記事

早稲田大学政治経済学部政治学科所属 古典と呼ばれる本を読みつつ政治について勉強中。思ったことは言いたくなる性質。大切にしたい言葉はルクセンブルクさんの「自由とはつねに、思想を異にする者のための自由である」

ピックアップ記事

  1.  大学の新学期2017年度がはじまり一月ほどが経った。 新入の学部生、まず、おめでとうございます…
  2. 出町柳駅すぐのバス停で、バスに乗り、ゆられること30分。そこには都会の喧騒から離れた、自然が豊か…
  3. 4月、出会いの季節。今年も多くの新入生が、大きな期待を胸に大学へ入学した。&nbsp…
PAGE TOP