終戦を振り返る。終戦日は本当に8月15日だったのか。

今日は8月15日です。いわずと知れた終戦日ですね。皆さんはこの8月15日、どのように過ごしましたか。
今日はこの日だから、知ってるようで知らないことも多い、太平洋戦争を振り返ってみようと思います。

日中戦争勃発。戦争の本格化。

1931年 満州鉄道爆破事件

日本の関東軍が自作自演で爆破。これを中国軍の仕業であるとして満州を占領。

1932年 満州国建国

この満州国の建国が不当であるとして、朝鮮側はリットン調査団に満州鉄道爆破事件の調査依頼。リットン調査団は不当であると認定した。

1937年7月 盧溝橋事件

中国軍と日本軍は満州国と中国の国境付近でにらみ合いを続けていたところ、中国軍が日本軍に対し発砲。日中戦争が勃発。

1937年~1945年 日中戦争

当時、中国国内では蒋介石率いる国民党と毛沢東率いる共産党が争っていた。そのため、日本軍としては、中国国内の内戦を利用して短期決戦にする予定であった。
優位であった国民党の蒋介石は2党が手を組むのを嫌がったが、国民党の張学良が蒋介石を軟禁し、今は国内で争っている場合ではないと説得。
こうして、両党が手を組んだため、日本軍は苦戦。長期決戦に。

FILE--The infamous Japanese attack on Pearl Harbor, Hawaii, is shown in this Dec. 7, 1941 file photo. The USS Arizona is pictured in flames after being hit. Radio announcer Roger Krupp didn't hesitate to interrupt his Sunday programming, Dec. 7, 1941, to read The Associated Press news flash to listeners of WTCN-AM in Minneapolis. Now officials at Sotheby's auction house say he may, in fact, have been the first announcer to hit the air with news of the attack that drew the United States into World WarII. Media experts and World War II historians are skeptical of the claim, but Sotheby's expects to fetch $3,000 to $5,000 for the tattered teletype in an auction scheduled to take place Monday in New York. (AP Photo/U.S. Navy, File)

真珠湾攻撃(1941年12月8日)

 

快進撃のように見えたのもつかの間、日本軍の形勢は不利に。

1940年 日独伊三国同盟

ドイツの勢いに乗り、日本はイタリア、ドイツとともに三国同盟を作る。しかしこれはイギリスを支援するアメリカとの対立を深めることに。アメリカの経済制裁開始。
石油の77%、鉄の70%をアメリカからの輸入に頼ってきた資源の持たない日本にとっては、かなりの痛手に。資源を求めて侵略戦争を始める。

1942年1月 日本軍、マニラ占領。

1942年2月 日本軍、シンガポール占領。

1942年3月 日本軍、ジャワ島占領。

1942年6月5日 ミッドウェー海戦、惨敗。主力空母4隻を失う。

こうして、長期決戦に突入。短期決戦でしか見込みのなかった日本軍は、一気に不利となる。

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終戦に向かって。8月15日は戦争の終わりじゃない。

1944年6月19日 マリアナ沖海戦。惨敗。制空権を失う。

1944年10月23日 レイテ沖海戦。主力空母を失う。

1945年3月10日 東京大空襲

1945年4月10日 沖縄戦開始。本土決戦開始。

1945年4月30日 ヒトラー自殺。

1945年8月6日 広島に原爆投下。

1945年8月9日 長崎に原爆投下。

1945年8月15日 玉音放送。

1945年8月16日 ソ連、南樺太に侵攻。

1945年9月2日 降伏文書調印。

1945年10月15日 本土の日本軍が武装解除。 

こうしてみても、確かに玉音放送は8月15日でした。でも、その後もいわゆる「北方領土」へのソ連の侵攻は続いていました。本土の日本軍の武装も続いていました。離島で長く終戦を知らず戦い続けている人がいました。
私たちは、終戦は8月15日だと思っています。確かにそれは間違いがなく、8月15日が終戦日で、当時の国民にとってあの玉音放送が終戦を告げる放送だったことには間違いがありません。

でも、戦争はそのあとも確かに続いていて、あの時実際に生きていた人たちが本当に戦争の終わりを実感できたのはいつだったのか。

そう思うと、ただただ8月15日だけを、その日だけに祈って、戦争を思い出そうと頑張って、はい終わり、とするのではなく。

「戦争」という、始まりと終わりがはっきりとしないものに対し、ゆっくりと思いを馳せたい、そう思います。
同時に、年表に記されている「出来事」だけではわからない、グラデーションのある戦争の空気を、当事者の声から今一度聞き、感じたいと思います。
みなさんは、8月15日をどう過ごしましたか。そして、これから、どう過ごしますか。

syuusenn

seizee編集部

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