パリ同時多発テロから1周年。現場に行ってみた。−最新パリ事情−

以前記事にもしたのですが、昨年の現地時間11月13日に発生したパリ同時多発テロによって私の友人のご両親が亡くなりました。その時の衝撃や悲しみ、恐怖、悔しさ、そしてやるせなさは今でも自分の中に強く刻まれており、私の人生に大きな影響を与えました。

 そういう経緯もあって、私はテロ発生当日からずっと現場に行きたい、自分の目で何が起こったのかを自分の足で辿りたいと強く思っていました。受験生だった当時から大学生になり、政治と経済の勉強を始め、専門的な知識を身につけるとますますその思いは強くなりました。

というわけで、今月の初めに早稲田祭に伴う休講を利用してパリを訪れてきました。トランジットをしたドバイで1日観光したためパリ滞在は3泊4日という弾丸旅行でしたが、パリで何が起こったのか、そして今どのような状況なのかしっかり掴むことができました。

治安は決して悪くない。でも…

はっきり言います。治安は悪くありません。街並みは穏やかで、人々はおしゃれで、クロワッサンは美味しかったです。ただ、警官の数が非常に多い。道にいるだけでなく、デパートや美術館などの大型施設に入る際には必ず警官による荷物検査があります。伊勢丹に入るために荷物検査をするようなものです。少しびっくりしました。しかも、警官の皆さんが銃を見えるように手にしているんです。


img_8448

初めて本物の銃を自分の目で見た私は、その存在感というか胸が苦しくなる気持ちに圧倒されました。警官の前を通る時は自分はだたの観光客なのに汗が出るくらい緊張したし、鼓動が速くなりました。日本では味わうことのない、複雑な緊張感が街を包んでいました。「パリの傷は深い」と強く感じました。

観光客がいない

 

もう一つの異変は、日本人観光客に全く遭遇しないということです。高度経済成長期、裕福になった日本人は争うようにパリに海外旅行に行きました。シャンゼリゼ通りが日本人で溢れている言われたほどの大ブームだったのです。それくらい日本人に伝統的に人気のあるパリなのに、パリで日本語を聞いたのはたったの2回だけ。アジア系の人はほとんどが中国人と韓国人でした。日本人がパリから消えているのです。

パリ在住のフランス人の友人にこのことを話すと、ホテルなどの観光業は大変らしいという話を聞きました。彼は「3.11の時僕らも同じことをしたから気持ちはわかる」と前置きしながらも、「やはり少しおびえ過ぎているところもあると思う。警備も強化されているし、怖がり過ぎずにパリに来て欲しい」と言っていました。実際、モン・サン・ミシェルなど日本人に特に人気だった観光地は既に経営が厳しくなっているようです。報道によると、やはりパリの外国人観光客数はテロ後低迷したようですが、訪ねた感触ではその傾向は日本人で特に顕著なように思います。テロによる傷は深く、1年経った今も現地の人々の暮らしに確実に影響を及ぼしています。

テロ現場

テロ現場も巡りました。この記事を頼りに、あのバタクラン劇場も訪ねました。

photo-04-11-2016-20-19-20

この後私の友人のご両親が亡くなった飲食店も訪ね献花しようと思っていたのですが、バタクラン劇場に残されたメッセージの数々やそのインパクトが大きすぎて精神的に参ってしまい、付近を少し歩いてホテルに戻りました。

photo-04-11-2016-20-18-49

 

テロ現場を実際に訪れて感想は?と言われると、正直言葉に詰まります。何も感じなかったということではなく、どう表現していいのかわからないというのが正直なところです。日本という平和な島国でうまれ、出生や信条にかかわらず平等に扱われる社会に生き、強大な暴力と対面したことのない私には、テロという不条理をすんなり受け入れるキャパがまだなかったのかもしれません。ただ、イデオロギーや人種、宗教などの理屈だけで説明できるものではないということだけははっきりわかりました。自分が生き抜かなければならない時代の厳しさを改めて知りました。

私が参照した記事にも書かれていますが、テロ現場一帯である10区〜11区は、歩いてみると確かにルーブル美術館や大統領官邸がある1区や私が宿泊していた知識人たちの街の6区などとは雰囲気が異なります。移民街のようで、私が歩いた時も空き家が目立ったり、少し暗い横道があったり、ゴミが放置されたりしていました。 観光地や重要機関の集まっている地域(参照記事で言う「西半分」)からは少し距離があり、私自身地下鉄を乗り継いでやっと辿り着いた場所というイメージがあります。観光客らしき人もほとんど見受けられませんでした。生活感のある「庶民の街」の一角で、観光客や上流階級を狙う訳でもなく、無力な一般市民を標的として恐ろしいテロが展開されたのだということを改めて認識させられました。

最後に

人生で二度目、11年ぶりのパリは、いろいろな意味を持つものとなりました。私は8歳の時に一度パリを訪れ、チュイルリー公園というルーブル美術館の脇にある公園で現地の子供と遊具の取り合いで口論をしたことをきっかけにフランス語を始めることになるのですが、11年後本当に英語とフランス語を話せるようになって戻ってくることになるとは想像もしていませんでした。この11年間、様々な経験をし、貴重な出会いに恵まれ、その一つ一つが私のパリへの思い入れをますます大きくしてくれました。テロから立ち直りつつあるパリを私はこれからも応援し、苦楽を共にして見守り続けたいと思います。

s__43368452s__29941768

私の第二の故郷、パリを皆さんも訪ねてみてはいかがですか。

冨田 夏美

冨田 夏美PIPS JAPAN 創設者・代表

投稿者の過去記事

早稲田大学政治経済学部国際政治経済学科一年生。外国人観光客に学生が外国語で無料の観光ガイドを提供するボランティア団体 PIPS JAPAN 創設者・代表。2016年5月にNHKスペシャル「18歳からの質問状」に出演したことをきっかけに、若者と社会問題をつなげるために自分にできることはないかと思い、SeiZeeライターに。その他にも2つのレギュラーラジオ番組を持ち、TEDxKids@Chiyoda 2014 Kids Speakerも務めるなど、メディアでも幅広く活動中。お問い合わせは 、tomitanatsumi.jacqueline@gmail.com まで。人生相談・恋愛相談・進路相談・記事に関する意見などなど、お気軽にどうぞ!

ピックアップ記事

  1. トランプや安倍総理の言動や移民問題、ヘイトスピーチに沖縄の基地問題、今では森友学園の話題など、現在の…
  2. 「日本が好きだ。当たり前だ。日本に生まれて、日本で育った。だって僕は日本人なのだから。」…
  3. 類聚=同じ性質・種類のものを集める前回少し平安時代の話をしましたが、平安時代の古典には「○○類聚…
PAGE TOP