心に刺さった青年の言葉 ~ミャンマー(ビルマ)・タイ難民キャンプにて~

 

タイ・ミャンマー(ビルマ)国境付近、山肌が無造作に削られた所に高床式の住居が立ち並び、難民キャンプが形成されている。そこには、ミャンマーから逃れてきた「難民」と呼ばれる人々が多く暮らしている。そこで人々が暮らす理由は様々であり、日本に住む私たちの想像をはるかに超えるような経験をし、そこに移り住んでいる人々も多い。2月、筆者はそのキャンプに行き、多くの人に出会い、様々なものを目にした。

難民キャンプ2

キャンプ内の家

 

難民キャンプは、何もなく殺風景な場所と思われるかもしれないが、実はキャンプ内には小さい店や学校、病院などもあり、何気ない日常が流れている。その何気ない日常の中でされていた何気ない会話の中で青年が呟いた言葉、「I don’t have any chance(僕にはチャンスなんてないんだ)」が心に深く刻みこまれている。今の日本社会を見渡した時、この青年の言葉を私たちは受け止めることができるのだろうか。

【ミャンマー(ビルマ)という国-光が射せば影も浮き出る-】

ミャンマーはASEAN諸国に属する国だ。アジア最後のフロンティアとも呼ばれるこの国では今、経済開発が急激に進み、目まぐるしく社会が変化している。ASEAN経済共同体が今年度末に完成する予定だということもあり、ASEAN地域が注目されているが、その中でもミャンマーは特に注目を集めている国の一つだ。アジア最後のフロンティアという形で脚光を浴びているが、その光のせいで今まで見えにくかった影も露わになってきている。その影の部分の一つが「難民問題」だ。ミャンマーには多くの少数民族が住んでおり、その少数民族と政府の対立が今も絶えない。今年の5月、ロヒンギャ族の大勢の人々がマレーシアやインドネシアなどに漂着したことはメディアでも大きく取り上げられていたが、ロヒンギャ問題は、ミャンマーが抱える少数民族問題のなかの氷山の一角にすぎない。このような民族問題は今に始まった話ではないが、ミャンマーが経済面で脚光を浴びたことにより、より問題視されるようになった。

【キャンプの青年】

タイ・ミャンマー国境付近にある難民キャンプも、その民族対立によって引き起こされた国内紛争が原因で形成されたものだ。キャンプには小さい子供から年寄りの方まで多くの人たちが暮らしている。キャンプは決して自由といえる環境ではないが、子供たちは支援品として渡されたボールやシャボン玉などで遊び、若者は勉強に励み家事を手伝い、大人は仕事をして一日が過ぎる。そんな何気ない日常の中で筆者はある青年と出会い会話をした。興味関心のある事や好きな教科、好きな音楽など、日本の学生と話す事となんら変わらない話をいつも通りしていた。そして、将来の話に会話が移ったとき、彼は笑いながら「I don’t have any chance」と呟いた。その笑顔と声にはある種の人生に対する妥協と悲しみのようなものを感じた。第三国定住などでキャンプ外に出ることができる人も中にはいるが、基本的にはキャンプから外に出ることはできない。その青年は外の世界を知ることも将来を描くこともできない現実を受け入れ、18歳前後の若さにして人生を悟っていたのだろう。

難民キャンプ1

キャンプ内の子供たち

【言葉を受け、日本を考える】

果たして何人の日本の若者が自分の人生を悟っているのだろうか。何人の若者が「自分にはチャンスがない」と言えるのだろうか。多くの若者が大学に行き、授業を選択し、課外活動をすることができる中で、その考えや言葉に行きつくことはまずない。もちろん日本社会にも多くの問題があり、解決することや変化をもたらすことが難しい局面はある。しかし、それらの問題を解決し変化をもたらすことが絶対的に不可能であると言い切ることはできないだろう。

キャンプ4

夕方の風景

日本は自由に学ぶことができ、発言することができ、行きたいところに行け、簡単に将来を描くことができる国なのである。そして、これらのことができる理由は単に「日本に住んでいるから」なのだ。日本に住み、将来を自由に描くことができるにも関わらず、なぜ多くの若者は将来についての議論をしないのか。あらゆることに挑戦でき、実現できる可能性がある環境にいることは決して当たり前ではない。手にしている自由が当たり前なものになりすぎて、その貴重さや素晴らしさに気づきにくい世の中になっている。自分たちが手にしている自由と権利を一度見て欲しい。そして青年の言葉「I don’t have any chance」を思い出してほしい。今の自分を見つめ、どんな未来を生きるのかという事を自分自身に問うてみてはどうだろうか。

 

中田直志

中田直志【国際・政治・文化】

投稿者の過去記事

【国際・政治・文化】
座右の銘は “風たちぬ、いざ生きめやも”です。
自分の書いた文章が、誰かにとっての閃きの瞬間であったらいいなと思ってます。

日ミャンマー学生会議(IDFC)元スタッフ。現在コペンハーゲン大学に留学中。

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