【インタビュー】京都の大原で若い青年がオムレツを焼き続ける理由

出町柳駅すぐのバス停で、バスに乗り、ゆられること30分。
そこには都会の喧騒から離れた、自然が豊かな場所がある。

「大原」

ここ大原は、農家がさかんな場所で、見渡す限りたんぼが広がるのどかな街だ。
最近では、農家に転職する若い夫婦や家族、自然の中で暮らしたい若い人たちの間にも人気で、なかなか住めない場所となっている。

そんな「大原」では、毎週日曜日の9時から朝市があり、その日とれた野菜や卵、お肉などを売っている。うどんや卵かけごはんも売っており、朝早起きでぺこぺこのお腹にはたまらないご馳走にありつける。

 

 

SeiZee編集部では、そんな大原に向かい、お話を聞きたい人を探した。
純粋に朝市を楽しんでしまい、来た目的など忘れかけていたとき、ひとりの青年が目に留まる。野菜を売るおばあちゃんやおじいちゃんの中で、華麗にフライパンを振っている。どうやらオムレツを作っているようだ。大原の朝市には似つかないその光景に、編集部の目は釘付けになった。

彼こそが、今回取材した、夢見る若手料理人、土門恵(どもんさとし)さんだ。

 

 

▼プロフィール

土門恵(どもんさとし)

年齢:31

職業:料理人

出身:北海道十勝清水町

 

<彼が大原でオムレツを焼き続けなければならない理由>

 

ーー今日は突然大原で声をかけたにも関わらず、インタビューを受けてくださってありがとうございます。
料理人として働いておられるんですか?

 

そうですね。今はいくつかのお店でバイトをさせてもらいながら、いつかは自分の店を持つことを夢見ています。

 

――それにしても、どうして大原でオムレツを?

 

店を出すために、自分の使える時間の限り料理の腕をあげるための努力は怠りたくないな、と思って、というのと、大原という場所が純粋に好きだからですね。
自分で商品を作って売る、というお店を出すための基礎を練習が出来るのがこの朝市だと思ったので、毎朝4時起きで仕込みをしてここまで来ています。

 

ーーあのような農家さんが並ぶ朝市にオムレツを武器に飛び込むのに不安はありませんでしたか?

 

ないことはなかったですけど、それでもやってみたい気持ちのほうが大きかったですよね。

やっぱりあの朝市は伝統があるので、地元で古くから農業をやっている農家さんが店を出しています。その中で、最初は自分が新参者として見られているという意識はありました。

でも優しいおばちゃんは自分の家でとれた野菜をくれたり、オムレツを買いに来てくれたりします。毎週頑張っている姿を見せれば、いつかは認めてもらえるんじゃないかと思ってやっています。

*****

市場は、自分の身体と調理道具さえあればがお店を出せる。

お客さんとの距離も反応も近い。
そんな場所をずっと探してきた。
だから土門さんにとって市場は、自分の理想のお店を思い浮かべられる絶好の場所なのだ。

*****

 

<地方から出てきた若者だからこその苦悩>

ーーこれまでも自分の店を持つためにずっと修行を?

若い時から料理人になりたいという想いはありました。なので、高校の時から地元のパン屋さんでアルバイトをしたりしていました。
高校卒業後、そのパン屋で働かないかという話もあったんですが、ここにずっとい続けても自分の店を持つ未来はないんじゃないかと思って、地元を出る決断をしました。

 

ーー地元を出てどちらに?

大阪の専門学校にアルバイト進学をしました。
アルバイト進学というのは、言葉のままで、アルバイトをしながら料理を教えてもらえるカリキュラムなんですが、これがまたすごい環境で。笑

僕の場合は、岸和田の料亭で働かせてもらいながら、そこの料亭の経営や料理を学ぶという形でした。でもこれが、朝から晩までみっちり働いて月3万円しかもらえないんですよ。
同時期に進学した友達のほとんどはきつすぎてやめていきましたね。

 

ーーそんな環境でも土門さんはやめなかったんですね。

そうですね。

僕自身は料理の腕はある程度自分でも磨けますが、経営のことは、どうしても現場に入らないと見えてこないものが多いと思っています。店を持つためには、料理はもちろんですが、その料理が売れるところまでが勝負なので。

今でも、ここでよく勉強させてもらえたなと思っています。

月3万円で学ばせてもらってるという現状に、納得する人と納得しない人でやめていく人続く人がいるんでしょうね。でも要は、いくら環境が劣悪でもそこからどれだけ学べるかだと思うんです。
僕は毎日朝から晩まで働いて月3万円しかもらえなくても、それ以上のものをそこから学べればいいと思ってやっていました。

ーー地方から出てきてのアルバイト生活はつらくなかったですか?

つらいことも多かったです。

飲食店業界の労働状況って実はかなりひどいところも未だにあって。

正直なんで自分はこんなことしてるんだろうって思ったこともあったし、最初の3年は本当に何度もやめたいと思ってました。ただただ生き抜くために働くので精一杯で、気づいたらとても自分の店を持つために修行してる、という感覚では無くなってましたね。
4年間同じ店でアルバイトして、ようやく月6万円稼げるようになった、そんなもんでした。

 

でも最初は友達もいないし、使うお金もそこまでありませんでした。飲むのが好きなので、そのくらいで。友達がいないから、バイトでボロボロにけなされたり、怒られたりしてもその話を聞いてくれる人も、逃げ帰るコミュニティもなかったので、精神的には本当にぎりぎりの生活をしてましたね。
それに、お金に無頓着かつ人をすぐ信用するので、何度も騙されました。笑
人に対して否定から入りたくなくて、困ってる年上の人とかいたらあまり深く考えずに一緒の家に住まわせたりしてたんですよ。そしたらお金もって逃げられたり。そんなこともよくありましたね。

実は24の時に結婚したんですが、アルバイトばかりで稼ぎもなくて、自分の店を持ちたいと思ってるけど思ってるだけで結果がついてこない状況に見かねて別れてしまったんですよね。

犠牲になったものは多いです。それでもどうしても自分の店を持ちたくてここまで来ました。

 

ーーそんなに困っても、地元に帰ろうとは思わなかったんですか?

家族や地元の人には、やっぱり成功して会いたいので。
逃げ帰ってきたとは思われたくないですよね。
経歴と自信がある状態で帰りたいです。

そう考えると実は、店をやって大きくして北海道に帰れるまでがゴールなのかもしれませんね。

 

ーーいろいろとアルバイトする中で印象深かったことはありますか?

深夜のレジバイトは、普通とは違ったとような人たちがくるので楽しかったです。笑

夜のお仕事のお姉さん、酔っぱらったおじさん、変な中国人、小便しながら入ってくるお客さんとか、もうすごかったですね。そんな人と話せたり、そもそもそんな人たちの存在を知れたことが楽しかったです。

 

*****

地元じゃないから頼れる場所も人もない。プライドがあるしお金もないから帰りたくても帰れない。
そんな不安定な中で、人が好きだから、信じて、騙されて、を繰り返してきた。
何事も正解にしようとする性格は、時に根気強さからの幸運を、そして時に度重なる失敗を招いてきた。それでもそんな生き方をやめようとは思わないのだそうだ。

だってどうしても、人が、好きだから。

*****

<死にかけてでも飲食店を持ちたい。だって…>

 

ーーそこまでして飲食にこだわる理由はなんですか?

飲食はおもしろいんですよ。

ある程度の知識と行動力があれば店を持てて、自分の料理を食べてもらえるという即時性もありますし、物販よりもいっそう、人とのやり取りの中での商品の試行錯誤ができるのも特に面白いところです。
食べることは誰にとっても必須不可欠なことだから、そんなみんなが必要としている空間に入っていこうとするのが人の生活と密接でやりがいがありますよね。

後は、料理は自分さえ生きていればどんな所でもいつでもできる商売なので。
さんざん振り回されてきたし、もうお金に振り回されたくないんですよね。お金がないときにどう生きていくかっていうことを考えると、料理はいざっていうときに対応できるスキルだなあと思います。

 

ーーどんな店を持つのが夢ですか。

僕は今までの経験から、飲食はわかりやすくないと売れないと思っていて。なので、安いものをたくさん売りたいです。

ただ、それで利益を出すのは難しいので、安い値段+αを伝えていきたいですね。従業員もお店にくるお客さんもみんなが一体となって自分の知っていることを教えあったり、伝えあったりするような、そんなお互いがお互いで成長していけるようなお店を作りたいです。そこにいる人が将来素敵な大人になるように。

今の飲食業界では、従業員に対してオーナーさんが威張ってたり、常連さんが威張ってたり、そんな雰囲気のあまりよくないお店って多いと思っています。

でも時給が300円の店と900円のお店があったら、今の時代選ばれるのは900円ですよね。ひとり職人がいるお店より、味がめちゃめちゃいいわけではないが、チームワークがいいお店のほうが売り上げあがっていると今までの経験で感じました。

だから僕は、「今の大人が当たり前だけど当り前じゃない」ことを伝えていく場を作っていきたい。
お店にいる人全員が、よく信頼を築いて伝えていけるような店を持ちたいです。

後は、廃棄がない、無駄のないお店ですね。飲食店をやっていて、お弁当屋さんとか、お弁当を売りながら捨てていて。それってなんか本末転倒だな、とずっと思っていたので。

飲食店をやるなら心から食材を大切にしたいです。

 

ーー具体的にはいつごろお店を持たれるんですか。

3年後には店をやりたいですね。もう次はない、と思っているので。
目標をたてたことがないんですよね。ゴールはそれに向かって努力をしていれば、おのずと近くなるのかなと思っていて。ただ、今のアルバイト生活だとお金がたまらないので、人脈とかを使いながらやっていくことにはなるのかなと思っています。

 

*****

身一つでいつの時代もどんな場所でも通用するのが「食」。

そんな食に関わり続けることが、そしてそこから人々の生活に密接にかかわれることが幸せだというときの土門さんは何も疑わない幸せそうな表情だ。

空間にいる人みんなが信頼しあい、学びあえるような、そんな店を作る日は、いつだろうか。
*****

 

<当たり前が幸せだから。飲食店も当たり前だから。>

ーー土門さんにとっての幸せはなんですか

生きていられるということです。
今まで、北海道から大阪に出てきて数々の修羅場をくぐってきました。チンピラに部屋に監禁されたり、事故ったり、ナイフを突きつけられたり。笑

そんな死にかけた経験もあるから、生きていられたらそれでいいんです。料理人としてこの道で生きていきたいのも、そうした生への欲求なのかもしれません。

生きていて自分の好きなことができればそれでいいんです。

 

 

ーー本日は本当にありがとうございました。

 

いくら周りからバカだと言われても、
家族と離れ離れになっても、どんな犠牲を払っても、諦められない夢がある。
傍から見たら、人が良すぎるし、もっとせこくならないと商売なんて出来ないよって思う。

でも、だって、商売だけど、お金には振り回されたくないから。

そんな矛盾とも思えるような想いを抱えながら、彼は夢を追い続ける。
お金ではなく、儲けではなく、真剣にその時に自分の目の前にいるお客さんに向き合い続ける。
その瞬間は、それが利益になるかとかならないかとかそんなことは考えてない。

ただ、お客さんと信頼関係を築きたい。料理で。対話で。その想いだけだ。

 

世の中には、バカじゃないの、と言われてもその行為にすべてを、命を懸ける人がいる。
その夢が生きがいだから、いくら周りに言われても諦められない。
諦められないから、夢はいつまでも夢であり続ける。

土門さんは今週も大原でオムレツを焼く。
そこにいる人と出会い、対話し、夢に近づくために。

 

彼の夢が現実になる日を願って。

seizee編集部

seizee編集部

投稿者の過去記事

当メディア『SeiZee』の編集部です。
「読んだらちょっと、考えちゃう」をテーマに記事発信しています。

昨年末から、モスク、競馬場などへのインタビューに力を入れています。

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