「生きる」「死ぬ」において「はたらく」を考える【前編】

 

「はたらく」を考える、後輩たちへ。

 

これから自分は、何をして働こう。誰のために働こう。そのためには、いったい何処で働くのがよいのか。働く、働く、はたらく・・・そもそも、はたらく、とはどういうことなのか。そのような探求の時期に差し掛かっている後輩たちへ、この終戦70周年を期に、ひとつ紹介したい文庫本がある。前編・後編の二回に分け、私(筆者)自身が初めてその本に触れた当時(3年前)の考察を前編に、現在の考察を後編に、綴りたいと思う。

 

「はたらく」とは何か。

私がその問いに向き合うことになったのは、大学2年時の夏だった。まず、何をどのように考えたら良いのかわからなかった私は、友人の勧めで、とある本を手にした。『なぜ、働くのか』。田坂広志さんの本だ。(今回、戦後70周年に因んで紹介したい本はこちらではないが、こちらも働く前に一度是非、読んで頂きたい資料のひとつだ。)

 

「働く」を考えることは、まず、「生きる」を考えることに始まる。そして、「生きる」を考えることは、まず、「死ぬ」を考えることに始まる。このようなことが書かれていた。では、「死ぬ」を考えるにはどうすればいいのか。田坂さんは、それを想像する具体的な方法を提示して下さった。

 

その中の1つが、『きけ わだつみのこえ — 日本戦没学生の手記』を読むことであった。

「酷薄な状況の中で、最後まで鋭敏な魂と明晰な知性を失うまいと務め、祖国と愛するものの未来を憂いながら死んでいった学徒兵たち」の手記を集めたものだ。この本を読んだことが既にある方がいれば、何を感じ、何を考えただろうか・・・とても興味深い。

 

当時初めて本書を手にした時は、とにかく興奮が止まらない、といった具合だった。何か強い意志や情熱のようなものに憧れがあった私は、十人十色の手記の中でもとりわけ感情的なもの — 死に対し激しく嘆き、悲しみながらも、国のために尽くす喜び、使命感や、自己の意志を、書くことを通じて奮い立たせるような文章 — に、心打たれた。

 

「あぁ!女々しい気持ちを去らねばならぬ。…一意待機任務の任を終え、命に依り椰子茂る方面に出ることとなったこと、全く男子の本懐、御召しとあらば、皇軍の一人として誓って恥じざる覚悟に居る。苦しい覚悟に。…国力を疑うことなくひたむきに、この大みいくさかちがためいく一人としての任務に強く征くこととする。」(篠崎二郎)(岩波文庫p.99)

例えばこのような文章だ。

 

死ぬ、ということは、怖い。

大好きな家族や恋人・友人にもう二度と会えないということは、悲しい。虚しい。

だが、その恐ろしさに比例して、

何か鋭い使命感の様な、

自分ではなく世の中や人のために命を全力で捧げることへ対する、意欲が湧いてくる。

 

あぁ、これが、「生きる」ということか。

 

自己の内に在るこの意志・意欲なるものが最も活きる場所を探し、

なるべく全てを日々行動に移す営みこそが、

なるほど、「働く」ということなのか、と、思った。

 

そのときは。

・・・

 

(つづく) 後編は、こちらから

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参考・引用文献

『きけ わだつみのこえ 日本戦没学生の手記』(日本戦没学生記念会 編、岩波文庫)

『なぜ、働くのか』(田坂広志、PHP文庫)

–Image picture by Moyan Brenn on Flicker

世羅侑未

世羅侑未【国際、教育】

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