「善」VS「悪」!?

こんにちは。SeiZeeライターの斉藤亮太です。今日は、サラーッと「善」と「悪」について考えたいと思います。

 

 

A.「悪」と「善」がどうやって出現するのか

まず「悪ってなんだ」という問に取り組もうと思うのですが、みなさん自由に「悪いもの」を想像してみてください。

 

 

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「悪」ってなんなんだ

想像してくれましたか? ではその「悪いこと」をしている人の立場に立って考えてみてください。「あなたは悪いことをしていますか?」。

 

恐らく多くの人が「う〜ん」と悩んでしまったことだろうと思います。自分がしていることを「悪いこと」として行う人は少ないのです。あるとしても、例えば、「万引きはいけないと分かっていても、スリルが楽しくてやってしまう」といった形ではなかろうかと。この際も「万引き(窃盗)はいけないんだ!」という規範(ルール)意識が存在していますよね。

 

ここで、何が言いたいかというと、「悪」ってそれ自体では存在できないということです。先ほど「悪いもの想像して」と頼んだ時に、とっさにISISが思い浮かんだ人も多かろうと思います。その人たちがなぜISISを「悪いもの」と考えるかというと、「私たちの生活を脅かしかねないから」でしょう。その背後には「私たちの生活は平穏でなければならない」とか「私たちの社会体制が正しいんだ」という「善」の想定が見えますね。

 

以上より、「悪」(悪いこと)を考える際に、それに先立つものとして「善」(いいこと)が必要となってくる訳です。「悪いもの」は「善いもの」を出発点としなければならないということです。私たちが今日考える「善・悪」は「善」をスタートして考えるものですから、「善」にスタート地点を設定します。

 

B.「善」の反対はなんだ!?

ここがスタート!

ここがスタート!

 

さて、スタート地点に立ちました。「善」と対立するものは、何だと考えていますか?

そうですか。「悪」ですか。ならこうなりますね。

「善」VS「悪」

「善」VS「悪」

本当ですか? 私たちはさきほど「「悪いこと」をしている人の立場に立って考えて」みました。その際に、「悪い人」は自分のやっていることを「悪いことだ」なんて基本的に考えていませんでしたよね。だから、「善」vs「悪」ってのは間違っている訳です。そのため、実際はこうなりますね。

「善」→「悪」

「善」→「悪」

 

あれれ? なぜ「善」から「悪」に矢印が伸びているのに、「悪」からはないのでしょうか? それも先ほど確認した、「「悪」の出発点は「善」だ!」ということに由来しているのです。さて、では次の図はどう解釈しますか?

 

C.「善」の反対はこれだ!

「善」の反対は「悪」

「善」の反対は「悪」

どうでしょうか。そうですね。一般的に「善」の反対は「悪」ですからこういう図になりますよね。でも、私たちはこんな浅いところで終わってはいけません。

 

先程も書いた通り、「俺は悪い奴だ。悪いことしてるぜ!」っていう人は少ないわけです。だから、こう理解する必要がありますね。

 

「善」の反対は「善」

「善」の反対は「善」

「善」の反対はもうひとつの「善」である、と。しかし、自分が真ん中の「善」に立つと周りの「善」は「悪」になるわけですから、この図だと私たちはすべての「善」に立っていることになってしまいますね。ならこう変えましょう。

 

「善」の反対は「悪」だし、「善」だね

「善」の反対は「悪」だし、「善」だね

はい。これでいいですね。書きすぎるとしつこいので2つにしました。「善」の反対は他の「善」であり「悪」なわけです。

 

D.まとめ

なぜ、私は今日こんなことを書いたのでしょうか? 想像してみてください。

私たちは、こういったことを考えずに生きていたら自分は「善」と錯覚したまま過ごしてしまいます。そのために、自分の「善」だけに立ち続ける限り、実は大切な他の観点を切り捨ててしまうことがあります。これはもったいないですよね。自らがもつ狭い「善」にとらわれて、それを取り囲む「悪」すべてに銃を向けるなんて。

 

このように、「善」と「悪」のふたつで考えることを、善悪二元論と言いますけれど、これは対立しか生みません。しかし、「善」の反対が別の「善」だ、と考えられるようになると、「あ、あいつの言っていることも、いいことなのかもしれない」と一旦止まることができ、さらに別の「善」の観点を吸収できて、思考の幅が広がるかもしれません。ぜひ、自分の「善」だけを大切にせず、ほかの「善」にも目を向けてみてください。このように、「善A・善B・善Cからそれぞれ考えてみよう」といった相対主義に立てれば、私たちの世界は2倍、3倍…ですよ。ワクワクしませんか?

 

 

 

斉藤亮太【思想・哲学・宗教、政治、文化】

投稿者の過去記事

私に「社会不適合者だ!」と言ってくる人がいますが、それならば社会が私に合わせればいい。え? 合わせられない? そんなに能力低い社会なら変えないとねぇ。
座右の銘「まず疑ってかかるのが科学です」ー

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