ぼくの「志」はただの名誉欲だったのか?・・・欲望を「善用」する!

自分を含め、今、20歳〜30歳くらいの年齢にある若い人たちは、「社会貢献」という言葉に敏感な気がする。

そしておそらく、ここ10年くらいの間で、自ら事業を起こす(=起業する)ことを目指す若者も多くなったと思う。

そんな人たちの中には、「社会に貢献する仕事がしたい!」「◯◯を通して世界を変えたい!」というアツい想い(=「志」)を持ち、

実際に国際機関で働いたり、独立して起業をする人も少なくない。

ところが、このような立派な「志」を持った人たちの心の中に、一つの懐疑が浮かんでくることがある。

 

自分は必死に「志」を喧伝するけれど、実は、皆から「すごい」と思われたいだけなのではないか?

本当は「皆から注目されるカッコイイ自分」に憧れているだけであって、「社会のため」というのは二の次なのではないか?

これって結局、自己満足???

・・・こういった疑問が、頭をもたげてくる。

特に、周りのオトナたちから「『社会に貢献したい』ってどういう意味?そもそも社会に貢献していない仕事なんてあるの?」とか、

「君の場合、『起業すること』が目的になっていない?」とかいうツッコミを入れられると、

結局のところ、自分のモチベーションの源泉が実は名誉欲や自己承認欲求にあったということに気付きはじめる。

個人的には、他人に何と言われようと、どんなに心が揺れようと、一度生まれた「志」をしれっと脇に置いたり隠してしまったりしてはいけないと思う。

どんなに浅はかで独りよがりなものであっても、「志」を持つことは無条件で尊い。

人は「志」を持っているか否かによって、「青年」と「老人」に分けられるからだ。

そんなに大切なものを、簡単に捨ててはいけない気がする。

では、タテマエ(志)とホンネ(名誉欲・自己承認欲求)を、自分の中でどう整理すればよいのだろうか??

ここでは、「善用」という言葉がキーワードになる。

心の底に眠る名誉欲や自己承認欲求に気がついた時、「この欲望を善用できないか?」と考えてみるとよいと思う。

仏教において、欲望は基本的にネガティブな意味を持つ。

「人間は欲望を持つ生き物だ、その欲望が100%満たされることは決してない、だから人生は苦しみに満ちている」

 

・・・これが仏教の根本的な発想だ。

しかしここではあえて、「欲望があるから苦しみが生まれる、だから欲望を手放そう」という仏教的なアプローチとは違う方法をとってみたい。

たしかに欲望は苦しみの源泉でもあるが、それと同時に、行動力の源泉(エネルギー)であると言ってよい。

だから、「志」の背景に自分の欲望を見つけても、恥ずかしいことはまったくない。問題は、その欲望(エネルギー)をどう使うかだ。

そこで、「善用」というキーワードが重要になる。

 

僕らが目指すべきは、欲望を「善く用いる」ことではないだろうか?

欲望を自分中心の狭い世界に押し込めるのではなく、むしろ社会に開放するのだ。欲望が社会と接点を持つ時、そこに欲望を善用する可能性が生まれる。

人間が欲望に振り回されて生きる動物であることは変えることができない。他方で、人間は社会的な動物であることもまた事実だ。

とするならば、己の欲望と社会のニーズがぶつかり合うところに「志」が生まれるのではないかと思う。

では、欲望を「善く用いる」という時の「善い」とは何を意味しているのだろうか?

 

その答えは、人によって異なる。

すなわち、その人が何を「善い」ものとするかは、まさしく、その人の価値観や信念、人間性そのものにかかっている。

山を切り拓いて観光施設を作り、地元の人々の雇用を創出することは「善い」ことか?廃棄食材を集めて家のない人々に分け与えることは「善い」ことか?

絶対的な答えはない。

だからこそ、せっかく冒頭の「懐疑」にぶち当たることができた幸運な人たちは、その欲望の方向性について、

常にチェックしていかなくてはいけない。自分は、欲望を善く用いることができているだろうか?

名誉欲や自己承認欲求に限らず、金銭欲や、支配欲や、物欲や、性欲でさえ、人間にはそれを善用する能力が備わっている。(たぶん)

 

 

 

転載元:ググッと考える! 〜27歳の弁護士(@東京)。仏教など思想について考えたことや、考えるのに役立った本などについて!〜

 

転載記事:ぼくの「志」はただの名誉欲だったのか?・・・欲望を「善用」する!

 

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