貴方の選択、「党」に縛られていませんか?

Twitterを何気なく見ていると、プロフィール欄に「自民党支持」とか「打倒自民党」、といった文言を見かける。その他の党に関しても同様に見受けられる。そういった人々のつぶやきやリツイートに目を通してみると、私はいつも違和感を抱く。それは「この人はなんで自民党の政策すべてに反対なのだろうか?」、や「この人はなんで自民党の政策すべてに賛成なのだろうか?」といった違和感だ。私は、といえば支持政党は一切ない。次世代の党であれ、自由民主党、維新の党、公明党、民主党、社民党、共産党いずれであっても、いい政策はいいのだ。もはや政治家用語と言える「是々非々」。私の立場は、これに近い。

seiji_souridaijin

あくまで仮の話だが、「打倒自民党」を掲げる人の支持政党が出した政策を、自民党の政策担当者が「いいね!」と思い、ほとんどそのまま採用したとしよう。その時、かの人はその政策を支持するだろうか? 否。もしかしたら、「○○党の政策のパクリだ!」などという理由で反対するだろう。そんなことでは、政治が社会をよくすることなどできるはずもないではないか。そのため、私は支持政党の政策だけに賛成する人々、と対立政党の政策すべてに対立的な人々に反対する。というのも、日本に住まう人びとは誰しもが「自民太郎」「共産太郎」「民主太郎」「生活一郎」であるはずがないからだ。支持政党の政策すべてに賛成を表明する人は、全く独自性も個性もない。そういった人々は国家に明るい将来を導く存在たりえないと、あくまで私は考えている。

 

よく政治思想のことを「右」「左」と表現する。そして、「自民党支持者は右翼だな」あるいは「ネトウヨだな」とすぐにラベリングが始まる。これにも私は反対しよう。ラベリングのために、自らが政策を考えた際に―政治家にも多いが―「ブレる」ことが怖くなり、「右へならえ」「左へならえ」を始める。これはおかしい。支持政党にしばられ、政策選択をする必要などない。いくら近い思想を持っていても「完全に一致」は十中八九ない。一人ひとりの生きた実感や経験が異なるのだから当たり前だ。政策によっては、自民党支持、共産党支持などといった形の方がよっぽど生産的で建設的だ。例えば、市場経済の範囲を広げ国際的に人々が相互依存と交流を深めることで世界は平和になると考える、経済的平和論者は自民党がTPPの締結に向かうことには賛成で、安全保障関連法案には反対かもしれない。自民党支持者だからTPPも安全保障関連法案も賛成とか、共産党支持だから自民党の政策すべてに反対などというのはあまりにバカげている。


torikago

自らの住まう社会の行く末を、自らの力で考え、切り開かんとする人―市民―が求められている気がしてならない。自らが支持する人に前ならえではなく、自らが考え、それを実現する、もしくはそこに働きかける人が。政治や社会との向き合い方は人それぞれで当然だし、それで良い。しかし、自らが作り出したものではない枠に囚われるのはあまりに悲しいことではないか。誰かが作った枠に縛られ生きるのではなく、自律的に考え生きる人びとである市民が国には必要だ。「人の思惑に従って生きるのは情けないこと」。

斉藤亮太【思想・哲学・宗教、政治、文化】

投稿者の過去記事

私に「社会不適合者だ!」と言ってくる人がいますが、それならば社会が私に合わせればいい。え? 合わせられない? そんなに能力低い社会なら変えないとねぇ。
座右の銘「まず疑ってかかるのが科学です」ー

お問い合わせは下記まで。
Twitter:@ry0ta5a110
Facebook:facebook.com/ryota.saito327

ピックアップ記事

  1. 前編では京都大学で活動している「同学会」という団体について、その活動や思いについて触れてきた。…
  2. 新歓のやかましさも過ぎ、新学期の高揚感も過ぎて、学内を歩いて…
  3.  大学の新学期2017年度がはじまり一月ほどが経った。 新入の学部生、まず、おめでとうございます…
PAGE TOP