【政治】政治家は名誉職じゃいけないの?【カネ】

 

はじめに

政治の話題と言って、今パッと思いつくものとしてあげられるものの一つは、政治とカネの問題でしょう。最近では舛添都知事、民進党山尾議員、自民党甘利元経済再生大臣などと立て続けに問題が浮上しました。みなさんにとってみれば、「またか」と言いたくなるでしょう。実際僕もそうです。政治とカネの問題は私たちに「金に汚い政治家」のイメージを植え込み、政治不信を一層加速させていると言えます。

となると私たちが次に考えたくなるのは、政治家は国民の血税たる歳費を貰う必要はなく、無給の名誉職として、本当に高い志を持った人がやればよいのでは?ということです。こんなことみなさんも一度考えたことはないでしょうか。

こんな素朴な疑問からちょっと現状を読み解いてみましょう。

 

まず強調したいのは、政治家は大昔無給だったということです。

 

日本で議会制民主主義の形が見え始めた明治初期の貴族院と衆議院、これらの議員には既に給与としての歳費が与えられていました。では無給の名誉職である政治家はどこにいたのか、それは議会制民主主義の誕生の地、イギリスです。

ビッグベン

議会政治の起源

ここではまずイギリスの議会政治の起源について簡単な紹介をします。今からおよそ800年前、マグナカルタが制定されたことにより、貴族の特権が保障され王の権限が制限されました。マグナカルタのように王権を制限することによって、王ではなく議会が政治の中心になっていきました。このようにあらかじめ合意によって統治者の権限を制限するのが、立憲主義という考えに発展します。さて、マグナカルタの後、貴族とのマグナカルタを破ろうとする王が現れます。当然貴族は反発し、シモン・ド・モンフォールという貴族が反乱を起こし、王を捕虜として貴族中心の議会の開催を認めさせます。これがイギリス議会の起源です。その後この議会は貴族や聖職者からなる上院と庶民からなる下院の二院制の議会となりました。

 

余談ですが日本も二院制です。戦前は上院が貴族院で下院は衆議院、戦後は上院が参議院、下院が衆議院です。「参議」という言葉は朝廷の議事に参与するという意味があります。上院が貴族院から参議院に変わったわけですから、参議院は貴族院の流れをくむ良識の府として存在していました。(今はどうだか知りませんが)

 

普選獲得運動と歳費

閑話休題。話を元に戻します。このような経緯で成立したイギリス議会ですが当初議員は無給でした。上院の貴族・聖職者、下院の地主はそれぞれ無給で政治に携わってきました。元々王権と対立の多い組織なので、国からの歳費は支給されませんでした。ではなぜ今のように議員歳費が支給されるようになったのでしょうか?既得権益層がさらに公金で私服を肥やす為でしょうか?実は議員歳費、民主主義と密接な関わりを持ちます。

時は19世紀半ば、チャーチスト運動と呼ばれる普通選挙権獲得運動が盛り上がりを見せます。労働者階級は当時選挙権を持たなかったので多くの人がこれに参加しました。この運動の中で示された政治綱領の人民憲章の中で彼らは以下のものを要求しています。

 

 

1.21歳以上の男子の普通選挙権

2.無記名投票

3.下院議員への歳費支給

4.議員の財産資格廃止

5.選挙区の平等

6.年次議会

 

これらの要求は運動当初は拒否されましたが20世紀までに「6.年次議会」以外は達成されています。3の歳費支給を求めた理由は、一般人が政治に参加してもそれで食べていける。つまり政治を職業とすることができるようにするためです。お金持ちは給与がなくても本業で食べていくことができます。その上自分達の都合のいいように立法できます。しかし一般人は無給の政治家になっても生活できません。そこで庶民でも政治家になれるように歳費が支給されるようになりました。いわば歳費は民主主義の条件の1つだったのです。何だ歳費って金持ちが権力を独占するのを防いでるいい制度だったのではないですか。

国会議事堂 (2)

現状とまとめ

ではこの歳費支給の民主主義と密接な関わり、今ではどうなっているのでしょうか、結論は僕がこの記事を書いているという時点で分かるかもしれません 笑

メタ的な話で非常に恐縮ですが、記事を書くということ自体が、すなわち何かを伝えたいということです。その伝えたいことというのは大体多くの人にとって新鮮なこととなります。(多くの人にとって既知なことを書いてもあまり意味がないと思ってます。) 歳費支給と民主主義の関わり、僕も調べていなかったら気づかないことでした。つまり

 

多くの人にとって歳費と民主主義のつながりは断ち切られていると取ることができるでしょう

 

歳費と民主主義の関わり、これが意識されるには前提があります。政治が身近に存在しえること。これは国民側から政治に近づく方向と政治側から国民に近づくの双方向の動きが必要です。歳費と民主主義の関わりが意識されないことは、日本にこの双方向の動きが薄いことを如実に示しています。国民側の政治に対する無関心は主に低投票率に示されていますが、政治側の国民への無関心は世界的に見ても高額な供託金や、地盤、看板、鞄の三バンという言葉によって示されているでしょう。つまり民主主義の条件としての歳費は本来の意義を果たしていないというわけです。こんな状態では政治家は名誉職で構わないのでは?という声が出てくるのも無理もないでしょう。

「政治家は名誉職じゃいけないの?」この問いに対して、「イギリス上院、地方議会は名誉職であり、わが国の地方議会や参議院に導入すべきだ」という提言は今までいくらでもあったでしょうし、その是非はともかく議員報酬について個人的には改革すべきだと思います。しかしこの問いの背後に隠されているのはもっと根本的なものではないでしょうか?この問題は国民側の無関心と政治側の無関心を浮き彫りにしました。歳費が本来の意義を取り戻し、政治がより身近になることを願ってやみません。そうなるよう、筆者は努力を惜しみません。

Y.I.

Y.I.

投稿者の過去記事

早稲田大学政治経済学部政治学科所属 古典と呼ばれる本を読みつつ政治について勉強中。思ったことは言いたくなる性質。大切にしたい言葉はルクセンブルクさんの「自由とはつねに、思想を異にする者のための自由である」

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