【反戦】平和運動はジレンマを克服できたか【平和】

はじめに

参院選の争点!
色々ありますが、改憲はその中でもとりわけ大きな争点ではないでしょうか?改憲のなかでは話題に上るのはやはり憲法9条ですね。昨年は安保法案が成立し、それに付随して様々な議論が飛び交いました。今回の参議院選挙でも憲法、安保法案を含む安全保障体制に関する広範な議論が持たれています。

私個人のスタンスをまず申し上げておきましょう。筆者は基本的に改憲論を持っています。さらに戦後続いてきたいわゆる「平和主義」運動については疑問を感じています。今回の記事では何故改憲論を筆者が持ったのか、「平和運動」に対する疑念とはどのようなものかを歴史的資料に照らしながら書き記します。

ホラ、そこの人!自分とは思想が違っていると思っても是非見てみてください。長々とした駄文になりますが皆さんの思考の一助となれば幸いです。

 

アピーズメントポリシー

アピーズメントポリシー(宥和政策)は譲歩的外交を批判するには鉄板であると思ってます。よく挙げられる例としては第二次世界大戦前のドイツ膨張主義に対する英仏の宥和政策でしょう。

簡単に概略を説明します。第二次世界大戦前、ヒトラー率いるナチスドイツはヴェルサイユ条約で定められた体制を変えるため、武力による恫喝(図1)を重ねました。ヴェルサイユ体制の創設国たる英仏はナチスドイツの膨張主義を黙認し、オーストリアやチェコスロバキアなどの小国を犠牲にしながら平和を保とうとしました。しかしナチスドイツの要求はエスカレートし、ポーランドに宣戦布告するという段階に至り、さすがに耐えかねた英仏が対独宣戦布告をして第二次世界大戦という災厄につながりました。

  • 1935 再軍備宣言
  • 1936 ラインラント進駐
  • 1938 オーストリア併合
  • 1938 ミュンヘン会談 ズデーテン地方を割譲
  • 1939 チェコスロバキア解体
  • 1939 ポーランド侵攻

図1 ドイツの膨張

MunichAgreement

一連の宥和政策の頂点ともいわれるのがミュンヘン会談における英仏の反応です。

ドイツにこれ以上の領土要求をしないという約束をしたうえでドイツの要求を当事国のチェコスロバキアの意向を無視して決定しました。それにもかかわらずミュンヘン会談を終えたイギリス首相N.チェンバレンは帰国後このように述べました。

“I have returned from Germany with peace for our time”(私は我々の時代の平和を携えてドイツから帰ってきた)

このように述べたチェンバレン首相は偉大な調停者として熱狂的に支持されました。一体なぜでしょうか?答えは第一次世界大戦の経験から厭戦気分が広がり、平和主義活動が活発になったことが理由の一つです。

 

Pourquoi mourir pour Dan(t)zig?”(なぜダンツィヒのために死ななければならないのだ?)

 

これはフランスの反戦スローガンです。このスローガンからもドイツの要求を認めるような意味が含意されています。このように相手国の要求に迎合し、むやみやたらに譲歩を重ねることはかえって平和を遠ざけてしまうのではないでしょうか?

 

小国の悲哀

もうちょっと第二次世界大戦がらみの話をします。

先ほども述べた通り、オーストリアやチェコスロバキアは大戦勃発前にドイツによって解体された国家でした。他にも第二次大戦中に被害をこうむった小国家は数多く存在します。

その一つはベルギー。フランスへの侵攻が容易になるとの理由だけでドイツ軍に侵攻されました。ルクセンブルクもまた同様の理由でドイツの占領を受けました。これら二国は第二次大戦での経験から従来の中立政策を放棄しNATOの母体を形成し大国との同盟関係にまで至りました。

今度は東に目を向けてみましょう。ソ連に併合されたバルト三国では強制移住などの強権的な政策が敷かれました。フィンランドはソ連に単独で立ち向かわなければならず、ソ=フィン戦争で敢闘しましたが、大国の支援は受けられず最終的には一部領土を割譲しました。

これらの例は一部に過ぎません。これら小国の悲哀が意味することは「戦争」はたやすく起こり、守るべきすべのない小国は大国の影響を免れないということです。

 

引き裂かれた原水爆禁止運動

時代を少し現代へと移しましょう。

時は戦後の日本、1950年代後半です。

当時は第五福竜丸事件のこともあり原水爆禁止運動が盛り上がりを見せていました。運動は右派から左派までの超党派の国民運動となり1955年には広島で第一回原水爆禁止世界大会が開かれました。しかしこの盛り上がっていた原水爆禁止運動、「いかなる国問題」を契機に分裂します。

この「いかなる国問題」とは何かといいますと、第八回大会において、ソ連を含めた「いかなる国」の核実験に反対する旨を述べた社会党勢力と、ソ連の核実験を擁護する共産党勢力の対立が深まったことを指します。この対立を受け第九回以降大会は分裂、一時統合を模索しましたが現在も分裂状態が続いてます。当初は党派性のない運動でしたが、それを変革させ外国の勢力拡大を擁護する平和運動には疑念を呈せざるを得ません。

孤立

世界秩序と一国平和主義

次に世界の不安定化はどのように起きるのかについて考えを述べます。

一般に世界の不安定化は何も一国または一地域によって引き起こされるわけではないのです。わかりやすく言うと、様々な国がどさくさに紛れようとすることで世界が不安定化します。第二次大戦前の不安定化の要因はエチオピア侵攻、スペイン内戦、日中戦争、ドイツの膨張主義などが挙げられ、これらはお互いにどさくさに紛れ、不安定化を増長させてきました。

冷戦期も国家勢力の拡大は行われましたが、その多くは別の大きな問題を隠れ蓑にしてきました。

これらを見過ごすことは世界秩序への不安定材料を伝播させかねません。それを阻止するために、「国際協調によってこれを抑え込む」。この考え方は国連の平和維持方法のひとつである、集団安全保障につながります。

クウェートに侵攻したイラクに対して多国籍軍が制裁と称して参戦した湾岸戦争は、現行の秩序の改変を認めない国際社会の意思を表明したともいえます。欧米諸国がこの集団安全保障へとかじを切ったのも、戦前の他国の領土を切り売りして自国の平和を保持しようとした一国平和主義への反省があるのかもしれません。

 

平和運動のジレンマ

ここまで様々な例を挙げてきましたが、結局、上の表題にある「平和運動のジレンマ」とはいったい何であるのか、それを考える前にこの表をご覧ください。。

 

A国 /  B国 軍縮(B) 軍拡(B)
軍縮(A) 安全(A)                安全(B) 危険(A)                 安全(B)
軍拡(A) 安全(A)                危険(B) 危険(A)                 危険(B)

 

よく見る囚人のジレンマです。

簡単に解説すると、お互いが自らの利益を最大化するために行動するとお互いに好ましくない結果になるというものです。

これと平和運動がどのように結びついているかといいますと、ここまで見てきた平和運動、仮に私がA国の国民としますと、平和運動はA国にとって上側を志向する動きとなります。

しかしA国が安全となるか危険となるかはB国の裁量に委ねられてしまいます。「平和運動は根本的に外国勢力と結合する可能性がある。」これが平和運動のジレンマです。平和運動は「祖国よ、平和たれ」という切実な気持ちが表れていることを私は理解しています。日本国憲法第9条の理念は単なる押し付け憲法論で終始しないものがあることは事実です。しかしなお、我々はまだこの平和運動のジレンマを克服できていないのもまた事実なのです。

clock

進むべき道とは

ではどのような道へと進むべきなのか、まず初めに軍事力であらゆることを解決できるという幻想と、平和主義を唱えれていれば平和がかなうという幻想はどちらも捨ててください。その上で認識してほしいのは、どちらも必要な手段に過ぎず目的ではないということです。

軍事力を保有することは必ずしも「使う」ことを意味しませんが、最終手段のカードとして軍事力を相手に認識させることができます。この点において私は憲法9条の改憲を主張しています。軍事に関する自由は最も強力な外交カードであるが故です。

その一方でこんな主張があります。外国人と酒を飲み語り合うことで相互理解を深めて戦争を抑止する(?)というものですが、大変結構!個人間の交流は国家間の交流では成しえない成果をもたらすかもしれません。しかしながら「いかなる国」の武力行使に反対する平和運動は、まだ道半ばといったところでしょう。

 

我々は2016年に生きています。膨張主義を模索する戦前ではありませんし、中国の脅威がなかった昭和でもありません。我々は一部右派の考えをなぞって時計の針を戻し戦前に回帰するような愚行を犯してはならないですし、一部左派の陥るような時計の針を止めて国際情勢の変化を無視するような愚行も犯してはなりません。我々は変わりつつある世界の中を走っているのです。縋りつく答えがないというのはなかなか堪えますが、それでもこの世界の中で熟慮を重ね、進むべき道を定めねばなりません。

 

参考資料

ブリタニカ国際大百科事典

Peace for our time  (英語版)

Why Die for Danzig? (英語版)

 

Y.I.

Y.I.

投稿者の過去記事

早稲田大学政治経済学部政治学科所属 古典と呼ばれる本を読みつつ政治について勉強中。思ったことは言いたくなる性質。大切にしたい言葉はルクセンブルクさんの「自由とはつねに、思想を異にする者のための自由である」

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