終戦の後日、靖国に居たジジババに共感したこと。これは、あと10年で消えるもの。

 

夏休みが、始まってからの3.5日間、靖国神社に篭もり続けました。

15日(半日)、17日、18日、20日です。

夏休みは、ゆったり読書と進路の時間を取ろうと思っていたのに、

我ながら謎で、激しいスタートでした。

 

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ちなみに、一番謎だったのは、初日の15日、それこそ終戦記念日でした。

以下、この日に限って、毎年のことらしいですが、

街宣車はいっぱいいるし、

台湾は中国じゃないという趣旨の看板がたくさんあるし、

民族問題に関する市民団体系の人たちが怒号を飛ばしてるし、

ていうか機動隊とALSOKが共同して陣をとってるし、

愛国心あふれるコスプレイヤーの方々は張り切っていて、

いや、いいけれど、私としては、お目当ての人たちに会えなさそうだったので、

田園都市線にのって、すぐに帰りました。

 

会いたかったのは、圧倒的戦後生まれの世代が共感できる形で、

私たちは戦争で何を得て、何を失ったのかについて言葉で教えてくれるジジババです。

それ以上のことを、それ以外の形で発する人たちは、今日は、避けたかった。

 

それで、残り3日間は粘りまして、8名の方々にインタビューすることができました。

たった2つのことの、簡潔な答えを導き出してもらうことに、

それぞれ、結構な時間がかかりました。

 

靖国神社は、行きにくい場所だと思います。

ですが、ジジババの話は、聞き易いものでしょう。

 

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私は、右足が不自由だったために徴兵されず、

軍に支給するための食料を作っていました。

思うに、新しい価値観を受け入れるための、まっさらな土を得たと思います。

ですが、古くからの生活に根付いたものは、焼けたものと一緒に消えました。

(靖国神社、遊就館、ゼロ戦模型前。1928年生まれ男性。)

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得たものなど、ない、ありえない。

戦争が無ければ続いていたはずのものは全て、失われた。

私には、父親との記憶がない。

(靖国神社、遊就館前、1943年生まれ男性、1942年生まれ女性。)

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平和の、尊さを得た。しかし、平和は失われていた。

(靖国神社、遊就館、蒸気機関車模型前。1953年生まれ女性。写真は不許諾。)

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耐え忍ぶ力を得た。

戦時中、牛馬以上に叩かれ、反論を許されず、

そして戦争に負け、幸いにして命あって帰還し、

生還を死に損ないと揶揄され、そのこと全てに耐えてきた。

自死を選んだ仲間もいた。

彼らは、耐え忍ぶことができなかったのだと思う。

私は、その中を生きてきた。

一方、明らかに、固有の領土を失った。

気がつけば、沖縄と奄美の土を踏むために、

パスポートが必要となっていて、

それを知った時、魂が抜けていく気持ちがした。

(靖国神社、母の像前。1928年生まれ男性。帝国海軍、甲種飛行予科練習生第15期生。)

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思えば、私が生まれた。

復員した父は、焼け消えた故郷を一瞥し、神戸の地に降り立った。

そこで、母と出会ったのだ。

戦争がなければ、彼らは出会うことなく、私はここにいない。

命は失っただろう。

だが、失った命は還ってくる。

物は、新しく作ればいい。

私たちは何も失ってはいない。

(靖国の桜前、1949年生まれ男性。写真は不許諾。)

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得たものなど何もない。皆無だ。

そんなこと、空言も甚だしい。

私たちは、ほとんど全てを失った。

しかし、不死鳥のように舞い上がった。

だが、私は、復興になんて興味がない。

復興で帰ってくるものは、復興の前にあったものではないから。

(靖国神社、遊就館、ゼロ戦模型前、1950年生まれ男性。)

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敗戦の経験を得、武力の使い方を学んだのではないでしょうか。

私たちは、核非保有国でしょう。

それは、暴力の政治の中で輝く、

本当の意味での先進性なんだと思います。

引き換えに失った、風景と伝統には、

ただただ、懐かしみ、哀悼を捧げるのみです。

(靖国神社、第二鳥居前、1942年生まれ女性。)

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私は、戦後に生まれました。

戦争を通じ、何かを得たと思いたいので、私は、愛国心を挙げます。

事実、失ったものがあるのかと思います。

それは、確かな、尊い命です。

(靖国神社、大鳥居前、1983年生まれ男性、教員。写真は不許諾。)

 

8人目の方は、1980年代に生まれた、私たちとかなり近しい世代です。

かの戦争をどう捉えるべきなのか、教員として、現代に生きる個人として、

模索するために参拝しにいらっしゃったのでしょう。

答え方に、ジジババに比べて、

一瞬の迷いがあるように見えましたので、そう思いました。

 

どう解釈していいのか分からない、愛国心。

確かに失われたらしい、尊い生命。

 

71年前の記憶を再解釈するとき、どうしたって、助けが必要になります。

でも、そのお助けも、あと10年20年と、当然そこに在り続けるわけではありません。

どうやったって、ジジババは死に、戦争のリアルは霞んでいきます。

 

(文責:編集部員、芦澤良太)

 

ちなみに、靖国神社は、普段はのどかないいところです。

 

 

芦澤良太

芦澤良太

投稿者の過去記事

京都大学法学部の4回生で、2017年の夏までイスラエルに派遣留学中。もちろんSeiZeeによる派遣ではなく学部によるもの。場所が場所だけに、政治と宗教に関するアンテナは強制アクメ状態であるものの、経済も含め幅広く書いていきたい(書けるものなら)。

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