「大学という社会を学生みんなで作りたい」ストは失敗?大学自治が危ない?京大同学会の今【前編】

 

 

新歓のやかましさも過ぎ、新学期の高揚感も過ぎて、学内を歩いていてもある程度落ち着いてきた空気を感じるような京都大学のキャンパス。そうした空気の中、「連帯」「粉砕」「貫徹」など、物々しいキーワードが物々しい書体で書かれたビラを配りながら、声を張り上げて学内のあちこちで演説を行っている「同学会中央執行部(以下、同学会と表記)」と呼ばれる団体がある。おそらく京大生の多くはその名前や演説の風景は見たことがあるだろう。

呼びかけている内容は、大学の内外で行う“ストライキ”への協力。

彼らが行っているのは、いわゆる「学生運動」だ。

 

ゲバルト棒ってやつ?

大学の講堂とかに立てこもったんだっけ?

安保条約に反対?

歴史の教科書に出てくるレベルじゃん、それ。

 

まあまあ、そう言わないで。

賛成だろうと反対だろうと、彼らの論理を一度聞いてみませんか?

ひょっとしたら、あなたがなんとなく感じている社会への疑念、将来への不安・・・そういったものに新しい見方をもたらしてくれる・・・かもしれない。

 

 

4月27日、編集部員1名とSeizeeライターのponcirusは同学会にインタビューを行った。

出迎えてくれたのは同学会中央執行部書記長の阿津さん。

選挙期間中は学内で撒かれるビラに写真が載っているので、彼の姿を目にする機会は多い。

「今日はよろしくお願いします」と自己紹介し、大まかな企画の趣旨を説明しようとしたとき、

「何でも言っていただいて大丈夫です。日々色んなことを言われてますから(笑)」
と言ってくれたのが印象的だった。

奥が亜津さん。手前はSeiZee編集部員

 

 

大学生にとっての大学という「社会」をみんなでつくりたい

 

―ではですね、さっそく質問させていただきたいんですけど、同学会というのはズバリどういう団体なのか、参加されてる方の口から直接伺っていいですか。

「大学の主人公は学生だ」ということで、学生の手に大学の自治権利を取り戻して運営に主体的に関われるようにする、というのを第一目標としています。

大学の自治権は(昔と違って)今は大学が握っていますから、それを学生や教員に取り戻す必要がある。生まれた研究は研究者の意図した形で実施したいし、それを決めるのは学生や研究者であるべきだと考えています。

 

今は「政治は政治家がやる、市民や労働者は政治を政治家に任せておく」という風潮が強くなっていると思います。でも、たとえば国会で参議院選挙をやるとなったときには政治家だけでは何もできなくて、郵便局の労働者が選挙をやるという告知を配達して、投票券を配布して、それを国民が投票所に持って行って投票しないと選挙っていうのは成り立たないですよね。

そういう風に、本来なら何かを動かすっていうのは市民と労働者の手でなされているんですよ。

大学なら学生と研究員がこれを行ってるんですが、最近は政治家それよりも上の、力のある人の手に権限が集中してしまっていると。国立大学も今は法人化して資金がない状況で、防衛省から安全保障技術研究推進制度というもので研究を引き受けようとしていていま防衛省の予算ってすごく多いんですよ。

 

そういう風に、「研究者は黙って研究だけしていればいい、黙って論文を書いていればいい。生まれた技術が何に使われるかは政府や、大学に資金提供してる大企業が決めていく」という形で決定権が奪われてきているので、それを研究者や学生の手に取り戻したいんです。

 

―研究者と学生、なんですね。

そうですね。昔は教授会による自治なんかも強かったですし。

キャンパス内の建物に立てかけられている同学会の看板

 

―ということは、学生に限らず大学全体の空気をある意味もっと活発な方向に変えていきたいわけですね。宣伝の対象はもっぱら学生だと感じていましたが。

そうですね。僕たちはやはり学生なので。

教職員は本来教職員組合とか教授会の場で自分たちで話し合ってもらわなければならないんですがね。一応、「学生も頑張っているから教職員も共闘しよう」という呼びかけは常に行っています。例えば教授の部屋に直接ビラをポスティングしたりとか、たまにアポを取って会いに行ったりとか。

というのにも理由があって。二年前にストライキをしたとき「授業妨害だ」と周囲から言われたんですけど、あれがもし教職員を巻き込んでやれていたら、あくまで「授業を休みにした」という形にできたんですよね。

それができなかったから自分たちの立場が弱くなってしまったというのもあるし、今後教職員を巻き込んでいくのは大事なことだと思っています。

 

(※同学会*は2015年10月27日に、京都大学の吉田南キャンパスにて「反戦運動」を主張したバリケードストライキを実行し、授業に使われる建物を午前中の間封鎖するという行動に出ていた)

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激動の時代を生き抜いている「ゆとり」だからこそ

ーP:いま、政治に興味ない人を巻き込んでいくのが80,90年代と比べても大きなテーマになっていると思うんですけど、そういう人たちについてはどういう風にお考えですか。

私自身がつい最近まで政治に興味ない人間でしたね。なぜいま政治に興味がないかといえば、政治の話を自分がしたところでそれが政治に反映されない、つまりやっぱり自分に決定権がないと思っているからだと思います。よく「今の若者は政治に興味がなくてバカだ、ゆとりだ」なんて言われますが、われわれが生きてきた時代って壮絶ですよね。ゆとりゆとりと言われながら9.11テロ尼崎脱線事故もイラク戦争も原発事故も経験していますし、集団的自衛権のの問題も浮上したし、けっこう激動の時代だと思います。そういう中でも政治に興味がないといわれているのはやはり大学において学生には決定権がなかったり、選挙したところで大金持ちたちが買収してしまって結局あまり意見が反映されなかったり、また与党も野党も言ってることがほとんど変わらなかったり、といった状況の中で政治が奪われているというところに興味をなくしてしまうポイントがあると思います。

なので大学においては、一週間かけて「新入生相手の、クラス単位での投票(=クラス投票)」という決議運動をやっています。大学に米軍マネー問題(※京大を含めた日本の大学の研究者に、米軍から多額の研究助成が行われていたとされる問題)のことで情報公開させようという呼びかけをして、賛成反対を募っています。

こういう風に、大学における自分の一票で政治に参加できるという事実があるんだ大学における自分の一票が、ひいては政治を動かす一票にさえもなると分かってもらうのが、一番興味を持ってもらえるかな、と。

 

(※クラス投票は、ある特定の問題に対して大学がどういう態度を示すべきなのかという方針や、同学会の行動方針に対して、賛成か反対かを一つ一つのクラスで問うものとされる。京大では文系/理系、学部を問わず学生が集まるのは1・2回生向けの教養科目が実施されている吉田南キャンパスしかないため、同学会は主にこのキャンパスに活動場所を絞っている)

 

 

ーP:クラス投票についてもう少し聞かせてもらってもよろしいですか。

そもそも、投票っていうのは多数決ですよね。実は僕自身は多数決という「多数者が少数者に暴力をふるう」システムには反対の主義なんですよ。なのでクラスで徹底討論した末に満場一致で結論が出るというのが理想とはしています。

ただ、なにぶん大学が始まったばかりでそもそもこういうものがあるというのを(新入生が)知らないので、まず手始めに実施してみたという感じです。

一応決議は20クラスぐらいで上がってるんですけど、投票してくれた人数はすごく少ないんですよ。しかも今は休み時間にしか行うことができていないので、遅刻してきた人とかは参加できていません。だからちゃんとした選挙といえるか難しいところではありますね。本来なら準備期間ももっと用意して、授業時間中に10分くらい時間をもらって行うような形が一番いいと思っています。なので、そういうのはこれからやっていきたいです。

 

日本の民主主義は果たして民主主義だろうか?

―多数決を認めないということですが、同学会には民主主義を指向しない方が多いんでしょうか。

―P:すごい突っ込みますね(笑)

そうですね…。僕は、民主主義という主義は存在しないと思っています。

一般的には多数決こそ民主主義と考えられがちですけど、海外ではそうではないという意見も多くて。多数決というのは、多数者が少数者に対して社会的強制力を発揮するという構造ですので、本来の民主主義というのはそうではないと僕は思っています。僕の考える民主主義は、どんな少数者であっても、自分の意見を変えるように強制されることはないということ、具体的にはどんな少数者であってもストライキを含めた実力行使によって、多数者に影響を与えることも許される社会です。

前回の2015年にはストライキに賛同する人ってすごく少なかったんですよ。そういう中でストライキをやることは民主主義に反する、多数決に則って過半数を得ていないから、というのはその通りなんですが、一方で少数者であってもストライキという実力行動をする権利というのはどこまでいっても認められるべきかな、と思っています。

民主主義というのは難しいですね…

僕はマルクスが好きなので彼の言葉を引用すると、今の議員内閣制だとかは「資本家階級の民主主義」だと。わたしたち労働者・学生・市民のための政治ではなくて、選挙が買収されながらおしゃべり小屋で政治家といわれる人たちが政治を独占していくという民主主義です。

ベルギーなんかだと選挙に立候補するのがすごく安くて、10万とか5万で参加できるんですけど、日本だとまず供託金が300万必要で、、小選挙区制と比例代表制で大政党に所属していないとなかなか当選できなくなっていて…。

ただ、同学会は民主主義に反対している人ばかりではないです。僕がそういう思想を持っているというだけで、色々な人がいますので。

 

「実は反省が多い」2年前のストライキの真実

ーP:民主主義ということでいえば、ある程度の数の人の意見というものが重視されるというのはあると思います。たとえば、いま安倍政権をどう思うかというのは人それぞれだと思いますが、一応多くの人が賛成をしていて、国会でつくられた手段に則って選ばれて、現在も多くの人が支持している。そういう中で、誰を代表としてみるかということを考えればそこで選ばれた人を完全に無効だとすることはできない。

そうですね。

 

ーP:それでたとえば、2年前のストライキの件についても、賛成としてはあまり多く得られなかったと思うんですよ。そういう中で、ストライキが自分にとって迷惑になると考える人の意見はある意味、その場面においては無視されてしまったわけで。そういうことについてはどうお考えですか?

あのストライキについては、僕たちがいろいろやり方を失敗している部分があって…。(その年の)四月の選挙の段階では、ストライキすることについて全学の過半数の信任を得ているんですよ。全部でだいたい1500票くらい入ったうちの800票くらいで。そのときはストライキするということになったんですが、なにしろ日本では15年くらい学生ストライキがなくて。自分としてもどういう風にやるかわからないし、賛成反対の議論をおこそうとしたところで誰もストライキを経験していなくて、はっきり言えばできないという状況に陥ってしまったんですよ。

 

―なるほど…。

しかし10月には大学の軍事研究委託引受けが始まり、安保法案も強行採決されてしまったので、ここで行動しなくてはいけないということになって。でもやったことがないので何もわからないし、賛成反対を募ってもよくわからない、という反応しか返ってこなくて。ただ四月の選挙では決まっているので、やるということを前提にして「当日クラス単位で参加してくれるかどうか」を募ってこのときもクラス投票を呼びかけたんですが、そうすると一クラスしか賛成決議は上がらなくて。

だから投票のやり方を完全に間違えたんですね。本来労働組合とかでは4月とか5月に執行部が信任されたら、ストライキをするかどうか決める権利、つまり「スト権」が執行部に委ねられるかどうかを決める「スト権確立投票」というのをするんですね。そこで過半数を取ったら、執行部はストライキをするかどうかを直前に決定できるようになるんですよ。僕たちはそれをしてなかったのでスト権が確立されたかどうかもよくわからない状態で。

そこで「あなたもストライキに参加しますか」と問うてもできないのはわかりきっているんですよ。しかし僕たちはそれをやってしまって、よくない結果も出て…。なので本当に何もわからずにやったらぐちゃぐちゃになってしまったという感じで、申し訳なかったなあと思いますね(苦笑)。

―その翌年にはストライキを実施しなかったのも、やはりそういうノウハウの面での問題があったからなんですか?

翌年はですね、四月にバリケードストライキをやるというところまで掲げて、五月に執行部自体の信任投票を募っているんですよ。でホントにギリギリではあるんですけど信任されて。去年やってみたらいろいろ批判もあったけど、今年やってみたらギリギリ過半数なので、まあ悪くはなかったなと。でストライキする構えではいたんですけど、執行部が無期停学処分になったりだとか、いろいろ起きまして。準備しきれなかったんですね。

一年前と同じように、学内の一致が取れたのかどうかわからないままにまたストライキをうってしまうということになるので、「今年は準備期間にしよう」と。で来年、つまり今年にストライキをするということで、そのときは見送りました。

 

ーP:そこでもし民主主義的手法、つまり多数決で反対の結果が出ていたらやらなかった形になるんですか?

反対だったらたぶん難しいですね。なかなかできないと思います。実際支持してくれる人たちも少ないわけですし。それでもし突出してやるという人が出てきても基本的にはできないと思います。

 

ーP:バリケードが京大生の手によって壊されたということがあるじゃないですか(※上述したバリケードストライキでは、最終的に少なくない数の一般の京大生によってバリケードが破壊された)。同学会の目標を考えると、ああいったように学生と同学会の間に対立軸を設けてしまってはいけないと思うんですね。大学や政府の圧力が強まってくる中で、本来であれば生徒のリーダーとなるべき存在である同学会が学生との間に溝を作ってしまうのは、同学会にとって非常によくない、危惧すべきことだと自分は思うんです。

そうですね。

ーP:そこについては、ストライキが支持を得られるように今後も頑張っていくという方針なんでしょうか?

そうですね。ストライキが学生に壊されるという描き方をされてしまったのは、それも僕たちの大失敗なんですが、そもそもあの日ストライキ封鎖は午前中だけという風に打ち出していたんですよ。なので昼休みに入った瞬間にバリケードは解いてしまって、建物の前で総括集会という反省会のようなものをやっていたんですけど、その間に学生と教職員に中に入られてしまって、内側から壊されてしまったんです。

ただ、壊した学生と後から8人くらい交流ができていて、餅つき大会とかもやったんですけど、どういう思いで壊したのかを訊くと、単純に面白そうだから壊したとか、あと教員に指示されて壊したという子もいて。国際高等教育院(京大の教養教育の企画と実施を行う組織で、学生支援なども行っている)の責任者が中に入り込んでいて、学生に撤去するよう指示を出していて、そのときの写真も残っているんですね。教職員が壊すと批判が高まるから、学生に壊させるということが中で起きていて。同学会の委員長と教員が討論している間に指示を受けた学生が壊すという。外の絵的には批判が高まった学生が壊したという描かれ方をしてしまったので、けっこう大失敗ですね。やるなら一日中すべきだったのと、自分たちで撤去までやるべきだったというのが僕の思いです。

もうちょっと大学側とちゃんと討論をして、学生と学生の対立という描かれ方だけはしないようにした方がよかったかなと。

 

出典:産経WEST:【衝撃事件の核心】「反戦」京大中核派のバリケード封鎖 新左翼運動に垣間見える〝保守化〟 機動隊介入前に撤去したのは一般学生だった

 

 

気になる!同学会選挙と同学会の行方

ーP:個人的にはストライキ実施の際に、1クラスの賛成多数(※ストライキの実施を呼びかける同学会のビラなどでは、上述したクラス投票の結果数十クラスの反対と1クラスの賛成があったことが記され、その賛成したクラスの存在が強調されていた)、というものを旗印に掲げるようなビラをたくさん見かけたので、そこである意味多数決というものの使い方としてどうなのかな、と思ってたんですが。

自治会なので、一応規約上選挙の多数決で決定するということになっているので、それを守るなら多数決の結果を重視すべきだとは思いますが、私の立場としてはFF多数決で勝ったから何かをやる根拠にする、負けたからどう、ということはあまり考えていません。

1クラスで決議があがった!というビラが出てたかもしれませんが、そこについても議論があったんです。一クラスの決議に全責任をおいて、執行部がそれに乗っかって、「お前たちは賛成しただろ、だからストライキをやるぞ」というのでは、明らかに責任転嫁だしおかしいという話になって。だから自分たちの、執行部の責任においてストライキをやりきる、責任転嫁はしないという決定をしました。

なのでそのビラは、本来「1クラスで決議が上がったから、みんな続け」という趣旨で書いたものだと思うんですが、どのように受け取られてしまったかはわからないですし、当時誰がどんな思いで書いたのかも正確には覚えていないので、何とも言えないですね。

 

 

ーP:いま同学会さんが行おうとしている選挙は、作部さん(※作部羊平。中核派の活動家で、京大の同学会でも幹部を務めている。逮捕歴がある)とか当局側からの処分もあった人が今も幹部として立候補しているはずですが、私たち学生からの反応もあまりよくないのに指導部を刷新しないで旧来のやり方に固執してるとも見受けられます。今の変化についていこうという気はあるのでしょうか?

やり方は硬いと思っています。そのうえで不器用なりにも学生とつながっていこうという意識ではいますが、難しいですね。

今は、学生が代議委員会(同学会内部での集会)に参加してはいけないと言われ、職員が学内のあちこちで学生が会議してないか捜査しているような状況です。これまでそんなことはなかったので大学もふみこんできたなと感じています。いま通ろうとしてる共謀罪じゃないけど※相当やばいなと。こうした厳しい状況をどういう風に乗り越えるかというところで、やっぱり頭のかたい戦略になってしまっているとは思います。

※このインタビューは共謀罪が通る前のものです。

 

 

ここまでで、同学会の過去の活動について掘り下げてきた。

彼らは今後どういう方針で活動していくつもりなのか?京大を、社会を、どう変えていきたいのか?

そして、「学生運動」という言葉が連想させるような「アブナイ」イメージは、実際の同学会にたいしてどの程度当てはまるのか、当てはまらないのか?

 

 

そのあたりはみっちり濃い後編でご覧ください!

「大学という社会を学生みんなで作りたい」ストは失敗?大学自治が危ない?京大同学会の今【後編】

 

 

seizee編集部

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当メディア『SeiZee』の編集部です。
「読んだらちょっと、考えちゃう」をテーマに記事発信しています。

昨年末から、モスク、競馬場などへのインタビューに力を入れています。

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京都大学法学部在籍。特定の思想を啓蒙するとかではなく、分野をまたいだ色々な見方で物事を捉えられるようにと思っています。

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