これからのいしのまきと海

震災から3年と約6ヶ月が経ったこの夏、宮城県石巻市でゆっくり前に進む東北をたった5日だけど感じてきました。写真は石巻の沿岸部です。家が波にさらわれた後利用方法が未定でまだ荒地です。取り壊しの申請をする人が誰も残っていない家が今もぽつんと残っています。
街創りをすすめるにあたって、今「防潮堤(海を覆ってしまう巨大な壁)の建設」がひとつの問題になっています。
村井宮城県知事は人命を守るように努めることは行政の義務だとし、100年に1度のLevel1の津波からは県を守ろうと防潮堤の計画を進めています。(3.11の津波は500年に1度のLevel2)
対して、わたしがお話を伺った石巻の方の中には建設に反対されている方もいました。
・津波予防って、じゃぁ日本の沿岸部全部につくるつもりなの?
・本当に行政側はあの津波を見たの?あれに人の力で抵抗なんて無理だって。逃げるしかないの、堤防をつくって維持するお金があるなら山への細くて急な階段を広く、混乱がないようにしてよ
・今までずっと石巻は海とともにあったのに、海を覆い隠してしまうの?海が見えなければ、安心が生まれる。この安心が災害の1番の強敵で、ここにはこないだろうって気持ちが避難を遅らせて被害をおっきくするの。今回学んだのはそこじゃないの?
……海とともに生きてきた現地の声がありました。もちろん海が見えるところで生活するのは怖くて無理って声やできる策は打つべきだって声も聞きました。
同じく津波の被害があった岩手では、それぞれの地域に防潮堤の建設をするか否かを託しています。
・景観の1部としての海を残すか
・避難に助けを必要とする人がどれくらいいるか
・近くに高台はあるか
・漁業が対応できるか
様々な点を考慮して住民のみなさんが議論を重ねています。

何が正解かわたしには分かりません。議論には時間がかかります、でも次はいつくるかわかりません。

けど、東北には自分達の街の未来を真剣に考えるたくさんの人がいて、みなさんが創ってきた街は、お寿司がおいしくてとってもすてきな街でした。
ずっと海と一緒にあった街、いしのまきがこれからどう海と向き合って行くのか注目していたいとおもいます!

seizee編集部

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当メディア『SeiZee』の編集部です。
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昨年末から、モスク、競馬場などへのインタビューに力を入れています。

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