【議論】芸能人のプライバシーって果たして存在する?しない?

10月のSeiZeeのテーマは「メディアの在り方」です。
今回は、このテーマのもと、5つの小テーマ「芸能人にプライバシーは存在する?しない?」「メディアは中立であるべき?」「読み手のメディアリテラシーってなんだ?」「海外のメディアと日本のメディアの違いってなんだ?」「メディアは今後どうあっていくべきか」について、SeiZeeで活躍するライターさんの意見をもとに議論していきます。
今週のテーマは、「芸能人にプライバシーは存在する?しない?」

最近問題になっている芸能人のプライバシーですが、それって存在するの?それともしないの?

芸能人のプライバシーについてひも解いてきたいと思います。みなさんはどう考えますか。

まずは、登場人物と定義を整理

そもそもこの「芸能人のプライバシー」において、何がどう対立しているんでしょうか?

整理してみましょう。「芸能人のプライバシー」という問題に出てくる登場人物は誰でしょうか。

それは3者で、 ①芸能人②メディア③消費者 ですね。

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また、ここでこの芸能人とメディアをプラスの関係に置いているのは後でわかることなので、
そこもどういうことか、考えつつ、この構造を念頭に置いて以下に続くライターさんの文章を読んでみてください。

また、ここでいう「芸能人」は政治家を含まなず、マスメディアを媒体として活躍する人のこととあらかじめ定義しておきます。

 

報道にも知性を持って。しかし芸能人も自分の身を守る知恵を。

冨田夏美      

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私も今まで何回かテレビに出演させて頂いて、特に今年五月に出演したNHKスペシャルはTwitterで大きな議論を巻き起こしました。共演者の中には炎上した子もいて、メディアに出ることの責任や代償を感じました。「テレビに出演する人、いわゆる芸能人である以上、叩かれても仕方がない。芸能人には有名税が発生し、それを本人もわかって芸能人をしているはずだ。」というのは確かに論理的な答えかもしれません。でも、芸能人も同じ人間です。テレビの向こう側にいるから思いやりを持つ必要がないと考え自制しないのはとても下品なことだと思います。

とは言っても、芸能人は「人々の日頃のストレス解消のために悪口を言われ私生活を覗かれるという役割を持った存在」という考え方もあると思います。昨今はインターネットの発達で物理的なバリアも意味を成さなくなっていています。芸能人自身も自分の身を守り傷つかないようにするための知恵が試されている時代と言えるでしょう。

 

 

まとめると、

「芸能人も同じ人間だから、それを考えずに思いやりを持たない報道などは人としてどうか。だがしかし、インターネットが普及した今、どうしようもない側面は存在するので、芸能人も自分の身を守る知恵地努力が必要である」となります。

 

メディアは正確性を担保した報道を。しかし芸能人もメディアを利用している。

齊藤一樹

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毎年芸能人の熱愛、結婚、犯罪に関して報告の義務があるかのようにほぼ全てが公にされます。これは法律からみて人権侵害と呼べるべきものも多々あります。
マスメディアはその侵害を行い生活を成り立たせている、という批判をされてもおかしくないと考えられるでしょう。芸能人を含め、多くの正しいか正しくないか不確かな情報を流していることは間違いがなく。
情報の整理は受け手である私たちが行うべきことと言われればそれまでですが。発信された側、つまり情報媒体に当たる発信される芸能人のことを深く印象付けることが出来るのもマスメディアだけなのです。
情報の整理をいかにしようとも、最初に入って来た印象はなかなか拭えずその発信された芸能人の良い悪いも最初におおよそ決まるのです。
しかし、芸能人のプライバシーに関しての芸能人側が深くマスメディアに文句を言わないには訳があるとわたしは考えます。
それは、芸能人もまたマスメディアで働く一員と考えられるからです。マスメディアを批判することにより、自分たちの立場が危うくなるならプライバシーを売り生活して行くという選択するしかないと言えるのではないでしょうか。
芸能人であるための宿命が、メディアを支えまた芸能人を支えているのもメディアと言える。この先、今と同じまた今以上にマスメディアは批判され続けるでしょう。
ただ、マスメディアは私たちに娯楽を与え世界情勢なのど最新情報を教えるという立場もあるため全否定はできないのです。結論として、芸能人のプライバシーの犠牲は必要悪と考えることもできると私は考えます。

 

まとめると、

「メディアが不確かな情報を報道し、芸能人の印象操作を行うのは明らかに人権侵害として違法。しかし、その印象を使って芸能人は商売をしているのもまた事実。つまり、芸能人のプライバシーの犠牲は仕方がないともいえる。」となります。

 

芸能人のプライバシー侵害に対する民事罰をもっと重くせよ。

福井健一郎

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芸能人には多くの人々から注目が集まります。そのため、芸能人のプライバシーは制限されると思われがちですが、実際にはそうではありません。プライバシーが制限を受けるのは政治家などに限られ、したがって芸能人にも一般人と同様にプライバシーの権利が保障されます。

ですから、「熱愛報道」などの私事に関する報道も本来許されません。報道が「公然と事実を摘示し、人に対する社会的評価を害する恐れのある状態を発生させた」場合は、名誉毀損罪に問われる場合があります。また、事実無根の熱愛報道などによってファンが離れたり仕事がなくなったりした場合は損害賠償請求が可能です。

それでも私事に踏み込んだ報道がされるのは、主として損害賠償額が低いことが理由として挙げられます。こうした報道は主に雑誌によって行われますが、それは人目に晒される恐れが低いとして、賠償額が100万円程度となることが多いようです。この程度であったら、売上等の方が圧倒的に大きいといえましょう。

しかし近年では二次的な拡散を考慮して賠償額が高額になる傾向があります。賠償額が高額になれば、有名人へのプライバシー侵害も収まるかも知れません。

 

 

まとめると、

「政治家とは違い、芸能人には一般人と同様にプライバシーの権利が保障されるので、過度に踏み込んだ報道は人権侵害で違法。しかし、賠償額が少ないため今もこの行為はなくならない。」となります

 

 

ここまで読んでいただいた方に聞いてみたいと思います。ここで争点になっているのはなんでしょうか。

それは、「今日の個人のプライバシーが侵害されていると思われる報道の責任の所在はいったいどこにあるのか」といえるでしょう。

そしてお気づきだと思いますが、その責任の所在が芸能人だ、という意見もメディアだ、という意見もどちらも言っていることはある程度正しいといえそうですね。

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実際にあった、ベッキーや小林真央さんの例から見ると

では、実際あった、「プライバシーが侵害されていると思われる報道」の例を見ていきましょう。

例えば、タレントのベッキーとゲスの極み乙女。の川谷絵音さんの不倫騒動。
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まさに、「ベッキーはこれまで天真爛漫なキャラで売ってたのに消費者を裏切った。自己責任だ。」という意見に対し、
「不倫は道徳的によくないかもしれないが、それはたとえ芸能人であったとしてもとやかく言われる筋合いはないだろう。あるいは、あるにしても程度が甚だしいのはどうなんだ!」

という意見がありましたよね。

他には、小林真央さんのガン発覚の際のメディアの対応。
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人の命がかかわっている重大なことにもかかわらず。メディアはしつこく小林麻央さんの住む家に連日張り付いたことが問題となりました。
これには旦那の市川海老蔵さんも、「人の命にかかわることです」「静かに見守ってほしい」と取材の自粛を呼び掛けていました。

2つの例は状況の違う話で一緒にはできませんが、こうした「プライバシーが侵害されていると思われる報道」の程度を抑え、芸能人とメディアがうまく付き合っていくためにはどう対応していけばいいのでしょうか。

メディアと芸能人が付き合うための2つの提案

これには、2つの提案ができるでしょう。

1つに、メディアと芸能人両者(場合によっては一者)の自覚的行動を徹底するということ。
2つに、メディアと芸能人の中間に存在する消費者がどう動くかを考えるということ。

1つ目の両者の自覚的行動を徹底する、ということ。

これは、

芸能人は、「自分がメディアの印象によって仕事を得ている」ということ、そしてそのため「その印象で不利益を被る可能性がある」ことを理解したうえで、「印象を徹底して気を付けた行動をとること」であり、

メディアが「自分たちと影響力は絶大なもので、ひとりあるいは多くの人の人生を壊しうる」ことを自覚したうえで、「出来る限り確かな情報に基づいた、利益優先でない知性のある行動をとること」です。

結論は、芸能人には最低限のプライバシーは存在し、メディアにも報道の自由は存在し、互いは互いがいないとやっていきない存在だ、ということです。
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そのためには、両者がある程度の知性を持った行動をするしかありませんよね。しかしそれができると両者の関係はお互いにとってプラスの関係となることも明らかです。

 

そして2つ目の、メディアと芸能人の中間に存在する消費者がどう動くかを考えるということ。

実はこれが1番大事だともいえます。

これは、両者の中間にいて客観的に状況を判断できるはずの消費者が、リテラシーを持つということです。印象、という形のないものを判断する消費者にリテラシーが問われていると言えます。

 

というわけで次回は、消費者のリテラシーについてを論じたいと思います。

あなたは芸能人のプライバシー、どう思いますか。

意見、募集しています。

seizee編集部

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投稿者の過去記事

当メディア『SeiZee』の編集部です。
「読んだらちょっと、考えちゃう」をテーマに記事発信しています。

昨年末から、モスク、競馬場などへのインタビューに力を入れています。

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