「戦い」の一年を振り返る〜私が選ぶ今年の3大ニュース〜【田添聖史】

いよいよ12月、今年もあと1カ月足らずです。振り返ると、2015年は怒涛の勢いで過ぎていったように感じます。

日本国内では大阪都構想の住民投票、戦後70年を迎え、安保法制の成立とそれをめぐる全国各地のデモ、マイナンバー制の施行など、社会全体がめまぐるしい動きを見せました。国外でも、シャルリ・エブド誌(仏)の襲撃にはじまり、IS(イスラム国)のテロ行為の活発化など、大きなニュースが相次ぎました。

2015年は、日本も世界も何かと戦い続けた一年でした。この記事では「戦い」をキーワードにして、数あるニュースのうち3つを改めて取り上げます。

 

3位:「元・少年A」が『絶歌』出版

1997年の神戸連続児童殺傷事件の加害者の男性が、自身の回顧録を出版。6月10日の発売と同時に、出版の是非や内容の賛否、遺族側の抗議など大きな反響を呼びました。

絶歌表紙

特に書店や図書館の対応に関して「表現の自由」が議論の的となりました。

社会復帰した加害者の男性が、自身の犯罪行為を社会に向けて表現することは許されるのか。また、社会はその表現をどう受け止めるべきなのか。

「表現の自由」は人間の創造性を応援するものですが、それと同時に僕たちの倫理観や良心に公然と挑みかかるものでもあります。

その課題は『絶歌』だけでなく、シャルリ・エブド誌のムスリムを風刺する表現や、何気ない言葉ひとつに重くのしかかります。僕たちは、その解消されない重みと戦い続けなければなりません。

 

2位:米オバマ大統領、テロ人質の家族による身代金支払いを容認

2015年、世界を巻き込んだ最大の戦いは、テロリズムとの戦いでした。11月13日にパリで同時多発テロ事件は、あらゆる人にとって衝撃的だったことでしょう。ISなどのさまざまなテロ行為の広がりに、世界中が対応に追われました。

従来、米政府は指定した犯罪組織や人物への身代金支払いを法律で禁じていました。しかし、政府が全力で対応に当たっても、多くのケースで人質はそのまま殺されてしまいます。

テロリズムへ明確に対抗したうえで、個人の安全と命を守るにはどうすればよいか。オバマ大統領が6月に表明した方針は、その課題に新しい考え方を提示しました。会見でリサ・モナコ米大統領補佐官が述べた「(テロ組織に)譲歩しないことは『交渉しない』ことを意味しない」という言葉も、強く印象に残っています。

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テロを許すことは、絶対にあってはいけません。テロリズムは、絶対に打ち破らなければなりません。

しかし、空爆のような暴力でテロの暴力を打ち消すことには限界があります。その限界はとっくに来ているようにも思えます。今後は、言論と交渉がテロと戦う武器になるはずです。

 

1位:IS、人質の日本人男性2人を殺害

最後に、再びテロに関わるニュースです。1月早々の、とてつもなく衝撃的な事件でした。

ISによる初めての日本人殺害警告。政府の対応は間に合わず、2人とも殺害されたものとみられています。「日本もテロに巻き込まれる」という当然の可能性を、改めて突き付けられました。

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10カ月が過ぎ、多くの人々にとってすでに風化した出来事かもしれません。発生当初から「自己責任」を建前にして、人質を見捨てるような言論もありました。確かに自身の安全を確保することは重大な責任です。ISの活動が活発な地域に赴くことは、無謀でもあったでしょう。

しかし、個人の命がそう簡単に見捨てられていいはずがありません。それは「日本人」というカテゴリーとは無関係です。世界中で暴力にさらされているすべての人々は、何としてでも救われる権利を持っています。

ベトナム戦争やイラク戦争など、長きにわたって日本は戦争をはじめとする暴力の当事者でした。しかし、それはあまり認識されていませんでした。これまで偶然にも、日本が暴力にさらされることがなかったからです。

その問題を暴いたのが、この事件です。日本がテロリズムにどう対抗し、自身の暴力性にどう立ち向かうのか。その課題を意識するために、この事件を風化させるべきではないと思います。

 

2016年とこれからに向けて

明るいニュースは他のライターの方々にゆずり、シリアスなニュースを3つ選びました。紹介した「表現の自由」や「テロリズム」、「暴力」だけでなく、来年も世界はさまざまな課題と向き合い、戦うことになるでしょう。

世界に散らばる個人の安全を確保するためには、国家間だけでなく個人においても連帯が欠かせません。しかし、僕たちが現在持つ対抗策は、少し暴力に偏りすぎではないでしょうか。

自分たちがいまどんな武器を持っているのか。それを誰にどう使っているのか。これからは、それを絶えず見直すことが重要になるのではないでしょうか。僕自身は、常に言論を武器として、当事者として発信を続けていきたいと思います。

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